日常に潜む破綻をしたたかに描いた『誰でもない』で話題となった作家の長編小説。著者は、現実と虚構を入り交じらせ、日常と非日常の境界を揺さぶる作風で定評を得ている。

 女装ホームレスのアリシアが少年時代を過ごした街コモリについて語る。神によって滅ぼされた都市ゴモラを想起させるこの街は、都市開発事業で補償金をもらい、一儲けしようとする人々の悪巧みと暴力で溢れかえっている。

 一見、非日常的な物語に読める。だが、そこに描かれているのは、韓国の都市開発で反復された悲劇と人間の欲望といった普遍的な問題。読み進めるうちに、自分の周りの話かもしれないという形で、読者の日常にアリシアの物語が入り込んでくる本作では、ファン・ジョンウンの作風が存分に味わえる。読者の日常を揺さぶる怖い小説だ。

週刊朝日  2018年5月4-11日号