安倍晋三首相の朝日新聞嫌いは昨日今日の話ではない。2月にも「哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした」と自らフェイスブックに書きこんだことを認めた。「またかよ。子どもっぽいなあ」と思ったが、この本を読みながら、その程度の話ではすまないんだと気がついた。

 樋田毅『記者襲撃』。「赤報隊事件30年目の真実」という副題通り、1987年5月3日に兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局が襲われた事件についてのルポである。小尻知博記者が射殺され、犬飼兵衛記者が重傷を負ったこの事件は未解決のまま03年に公訴時効を迎えたが、著者は事件発生から昨年12月に退社するまで30年間、朝日新聞記者としてこの事件を追い続けてきた。彼とその仲間たちの取材は〈一般的な取材ではなく、犯人を追い求める取材だった〉。〈究極的な任務は、犯人かもしれないと考えた人物に会うこと〉だったという一文が衝撃的だ。

 さらに背筋が寒くなったのは「赤報隊」を名乗るグループの犯行声明である。〈これまで反日世論を育成してきたマスコミには厳罰を加えなければならない。/特に 朝日は悪質である。/彼らを助ける者も同罪である〉

 今日のネット右翼の文言にそっくり。反日という言葉はこのころから使われていたのだ!

 8通送られてきた犯行声明と脅迫状をもとに、取材班が「赤報隊」の可能性があると考えて取材した対象は主に二つのグループだ。ひとつは新右翼の活動家。もうひとつは韓国を拠点に霊感商法で衆目を集めたキリスト教系新興宗教団体の関係者。どちらも朝日が批判的に報道してきた陣営である。

 はじめて知る事実も多く、実名で登場する人物も多数。が、結論からいうと依然として真相は闇の中。それでも取材の過程で知った〈この社会の暗闇について書き残す必要がある〉と著者は考えた。

 冒頭にあげたような首相の無責任な発言は、軽いか重いかの差があるだけで報道機関に対するテロと一直線につながっている。首相にその自覚はあるだろうか。

週刊朝日  2018年3月16日号