50歳になったのを機に会社をやめたら、生活が楽になった!? 著者は元朝日新聞記者。稲垣えみ子『もうレシピ本はいらない』は<いま私たちに必要なのは、「食の断捨離」>と主張する50代独身女性の体験的食生活論である。

 ご多分にもれず、彼女もかつては料理好きの食いしん坊だった。山ほどレシピ本を所有し、さまざまな調理器具や調味料を取りそろえ、巨大冷蔵庫も常時満タン。それがいまでは「メシ・汁・漬物」を基本に食費は1食200円、月に2万円。炊きたてのご飯、海苔、大根おろし、梅干し、ぬか漬けがあれば幸せ。<そんな坊さんみたいなもの毎日食べろって? ジョーダンじゃない>という意見に反し、これが<走って家に帰りたくなるほどウマイんだ!>。

 そもそものきっかけは原発事故後の節電で冷蔵庫と決別したことだった。「絶対無理」かと思いきや、これが意外と合理的。メシはまとめて炊く。漬物はぬか床にある。あとは汁を作るだけ。基本の調理器具はカセットコンロと小鍋1個でOK。炊飯器は使わない。味噌汁はお椀に味噌と乾燥野菜を入れて湯を注げばできあがり。

 一見「粗食のすすめ」だけれども、健康のためでも節約のためでもない、それがいちばん暮らしやすいからってとこが画期的。

 料理好きだった母が老いて料理を億劫がるようになった。その姿を見て彼女は考えた。70年代のベストセラー『聡明な女は料理がうまい』の呪文にみんな縛られてないか? 料理が複雑化するにつれ<私たちは「食べること」を際限なく暴走させてきたのではないだろうか><食べることは生きること。生きるってそれほど複雑で大変なことじゃなきゃいけないんでしょうか>という意見には大きく頷く人も多いはず。

 料理に凝るか、さもなければ宅配弁当か。その中間にある第三の道を提案する本。<豪華なものは飽きるのだ>は至言。ぬか漬けのアレンジや干し野菜作りはちょっとやってみたくなりました。「おひとりさまの老後」が怖くなくなること請け合いの好著である。

週刊朝日  2017年10月13日号