本書は歌川芳藤という売れない浮世絵師の生き様を描き、時代に取り残されていった人々に光を当てた時代小説だ。

 師、国芳の亡き後画塾を継いだ芳藤。筆は丁寧だが華がない彼には役者絵や美人画の依頼がなく、もっぱら子供向けの「玩具絵」を描いている。彼は自らの凡才に悩み、また維新を機に浮世絵が衰えつつある現実を知りつつも生き方を変えられない。困難な時代を悩みながらも愚直に生きる姿には、読んでいて一抹の寂しさと共に尊さが感じられる。彼の周囲の絵師や版元、家庭を切り盛りする女たちにも温かな視線が注がれており、登場人物それぞれのドラマが、読む者の心にじわりと沁みこんでいく。作中のそこここにあらわれるの「なーん」という鳴き声もやさしく物語を包みこみ、読むうちになんだか癒やされてしまった。

週刊朝日  2017年6月23日号