会社員だった著者は48歳のとき、手が震えだす。その後、好物のうどんを食べるのに悪戦苦闘するくだりが闘病記にしては驚くほどコミカルだ。

 初めの頃は、手にけがをしたふりをして店員に割り箸を割ってもらう。数日後、うどんが滑り落ちるのを「釜玉の生卵が原因」と自分に言い聞かせる。その次は、箸を持つ腕が上がらないため、顔を丼に近づけて犬食いする。

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)の確定は13年11月。意識や感覚が明瞭なまま、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病で、食事や入浴はもちろん、痒みを覚えても介助を求めねばならない。さらに胃がんも見つかった。何重苦にもかかわらず、軽妙さを失わない筆致に感嘆させられる。本書の文章は視線入力装置を使って紡いだ。今年3月末、永眠されたのが残念だ。

週刊朝日  2017年5月26号