1月19日に選考される芥川賞・直木賞の候補作が発表になった。直木賞候補作は全5作。そのうちの一冊、森見登美彦『夜行』(これが2度目のノミネート)は摩訶不思議な森見ワールドを凝縮したような連作短編集である。
 物語はかつて京都の同じ英会話スクールに通っていた5人の男女が10年ぶりに再会するところからはじまる。10年前、彼らは鞍馬の火祭を見物に出かけ、その夜、仲間のひとり(長谷川さんという女性)が失踪したのだった。
 仲間たちと会う直前、「私」は長谷川さんに似た女性の姿に導かれるようにしてある画廊に入り、そこで不思議な銅版画を目にした。「夜行」と題された48枚の連作で、作者は岸田道生。7年前に死んだ作家だという。作品には「尾道」「伊勢」「野辺山」「奈良」「会津」「奥飛騨」「松本」「長崎」「青森」「天竜峡」などの題がつき、いずれも闇を背景に目も口もない女性が立つ姿が描かれていた。
 そして合流した仲間たちは、それぞれの旅の思い出を語りはじめる。尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡。どれも人が姿を消す不気味な体験で、どれも岸田道生の「夜行」がからんでいた。〈誰もが無事に旅から帰ってきた。/「しかし無事に帰ってこられない可能性もあったわけだ」〉〈旅先でぽっかりと開いた穴に吸いこまれる。その可能性はつねにある。/あの夜の長谷川さんのように──〉
 伝統的な百物語の形式をとる怪談集。得意のドタバタ喜劇的側面は封印され、シンとした夜の雰囲気。大人好みのホラーですね。
〈夜行列車の夜行か、あるいは百鬼夜行の夜行かもしれません〉と語る画廊主。夜の列車の暗い車窓を眺めつつ〈夜はどこにでも通じているの〉とつぶやく女子高生。そして岸田の〈世界はつねに夜なんだよ〉という言葉。全部、意味深。絵画(版画)が異世界への入り口になっているという趣向自体は珍しくないとしても、ラスト近くのどんでん返しと、それをまた相対化する視点は読者を宙づりにする。けっこう直木賞好みかと思ったんですけど、どうでしょう。

週刊朝日 2016年1月20日号