江戸時代に全国的な人気を博していた無銘の庶民絵画がある。東海道のお土産として売られていた大津絵だ。本書では、フランス人の研究者が大津絵の歴史と魅力を分かりやすく解説する。
 初期は神仏画として、のちには護符的な役割を持つ世俗的な絵として庶民の日常に浸透した。無名の絵師たちは絵を手早く量産するため、線や色を大胆に省略していく。その結果、絵に登場する神々や鬼たちは、今日の「ゆるキャラ」のように親しみやすくてユーモラスな雰囲気を放っている。
 念仏を唱える鬼、鬼に豆を撒かれて逃げ惑う神、酒に飲まれた鼠に嬉しそうに肴を差し出している。面白可笑しい図像から伝わってくる大津絵特有の諧謔と諷刺の精神は、今でも色褪せていない。
 大津絵の魅力を存分に楽しめる良い入門書だ。

週刊朝日 2016年10月28日号