書評『江戸の貧民』塩見鮮一郎著 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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《新書の小径 (週刊朝日)》

江戸の貧民 塩見鮮一郎著

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青木るえか書評#新書の小径

江戸の貧民

塩見鮮一郎著

978-4166609925
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おとしめられた人たちの文化

 最初に、上野、浅草、吉原、三ノ輪、南千住、といったあたりのおおまかな地図が載っている。そこには、汐入の土手、スサノオ神社、山谷、待乳山聖天、(浅草寺の)奥山、などが書き込まれている。この本のタイトルは実に端的で、江戸時代の貧民が暮らしていた場所を地図の上で歩いてみようというものだ。
「おとしめられた人たちはどのような土地にいたのか」
 という、作家である著者の印象的な冒頭の一文から、引き込まれてしまう。そういう人びとがいたところが美しい庭園や小路であったはずはなく、しかし彼らがいたのは、そんな美しいものを内包して栄えた場所の周縁なのだ。
 江戸でもっとも早く栄えたのが浅草で、浅草寺の元になる持仏堂が推古の時代につくられ、それをつくった兄弟は明日香村からやってきた者だ、とかいわれるとなんだか頭がクラクラする。その浅草寺を中心にして文化が芽生え、爛熟し、その渦に吸い寄せられるように人が集まり、その渦から外れた人たちもまた周縁にわだかまる。
 浅草の、弾左衛門屋敷跡のあたりをたどりながら、弾左衛門という存在(差別された人びとの中の、頭領ともいえる者に代々受け継がれた名前だ)がどのようにして成立したのかが詳しく書かれる。大名並みの扱いを受けていたという弾左衛門の大きな屋敷の図。そして周りを囲む寺院。まるで知らない世界がそこにある。芸人、物売り、香具師、見世物、虚無僧などが、寺や神社の参道に溢れかえっている。その町並みはもう消えてしまっているが、地図の上にはまだ当時と同じ場所に寺や水路が残ってる。
 美しい昔の日本、というと城や寺院や庭園ということになってしまうが、そうではない日本も当然あって、それもまだ今に残滓を伝えていて、それはやけに心を惹かれるものであり、一種の文化であった、ということを思い出させてくれるのがこの本です。地図見ながら行ってみよう。

週刊朝日 2014年9月26日号


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