男一代之改革

今週の名言奇言

2014/08/21 15:10

 青木淳悟は前衛的な作風で知られる現代文学作家のひとりである。その青木淳悟が、えっ、じじじ時代小説? 『男一代之改革』は江戸期を舞台にした異色の中編小説だ。
 主人公はあの八代将軍・徳川吉宗の孫にして、「寛政の改革」を断行した松平定信。白河藩(現在は福島県)の藩主から、田沼意次が失脚した後の江戸に上り、老中の任についたのが天明7(1787)年。定信30歳のときだった。政権交代をはたし改革に当たったはよかったが、あまりの質素倹約の奨励に人々がヘキエキし「白河の清きに魚の住みかねてもとの濁りの田沼恋しき」という狂歌にされたのは有名な話。
 その定信には、じつはもうひとつの顔があった。源氏物語をこよなく愛する教養人、風流人としての顔である。源氏の「夕顔巻」に心を奪われ、16歳にして「心あてに見し夕顔の花ちりて、尋ねぞ迷ふたそがれの宿」ってな歌まで詠んだほど。物語全巻を自ら7度も筆写したほど、彼は「源氏」に私淑していた。
 というわけで小説は、定信の人生と光源氏の女性遍歴、徳川期と平安朝を行きつ戻りつしながら進行する。
 京の大火に際し、為政者として自ら京に赴くも、なんたってそこは憧れの地。<日本の伝統文化への興味は尽きず、あたかも千年の過去に旅しているかのようであった>。
 エンタメ系の時代小説のような派手な展開はないものの、史実を知った上で読むと、随所でじわりとしたおかしさが込み上げる。
 6年で老中職を退いた定信は『花月草紙』なる随筆を残した。そこで定信は本居宣長の源氏解釈に「何がもののあはれじゃ」とケンカを売っている。<『源氏』は無理でも『枕草子』をヤリタカッタ>定信。やがて文化文政時代に入り「寛政の改革」は水泡に帰すも、楽翁を名乗る定信は文化人サロンの主としての趣味三昧。「男一代」の「改革」とは何だったのか!? 武より文、公より私、権力より趣味。いずれの御時にもいえる歴史の真実かも。

週刊朝日 2014年8月29日号

男一代之改革

青木淳悟著

amazon
男一代之改革

あわせて読みたい

  • 田沼意次の後を継いだ松平定信が用いたイメージ戦略 裏でワイロも
    筆者の顔写真

    鈴子

    田沼意次の後を継いだ松平定信が用いたイメージ戦略 裏でワイロも

    dot.

    5/29

    忠臣蔵だけじゃない!歴史の転換点招いた城内での刃傷沙汰 その裏に黒幕?
    筆者の顔写真

    鈴子

    忠臣蔵だけじゃない!歴史の転換点招いた城内での刃傷沙汰 その裏に黒幕?

    dot.

    5/12

  • ドラマ『大奥』では描かれない? “絶倫将軍”と“東大のシンボル”のただならぬ関係

    ドラマ『大奥』では描かれない? “絶倫将軍”と“東大のシンボル”のただならぬ関係

    BOOKSTAND

    1/29

    江戸時代の“総理大臣”は儲からなかった? 「老中」の驚くべき経費

    江戸時代の“総理大臣”は儲からなかった? 「老中」の驚くべき経費

    dot.

    5/2

  • 本日12月18日は江戸時代の魔法使い・平賀源内の忌日「源内忌」です

    本日12月18日は江戸時代の魔法使い・平賀源内の忌日「源内忌」です

    tenki.jp

    12/18

別の視点で考える

特集をすべて見る

この人と一緒に考える

コラムをすべて見る

カテゴリから探す