本書は、社会学者である著者やその教え子が聞き取った「語り」の束だ。ページをめくると呆気に取られるだろう。中にあるのは語り手の声そのもの。「分析」はない。
 日系南米人のゲイ、ニューハーフ、元摂食障害の女性、風俗嬢、元ホームレスの男性──登場人物はいずれも社会のなかで「マイノリティ」と呼ばれる人々だ。進学、結婚就職など、そのおしゃべりを隣で聞いているかのような感覚にとらわれる。読後に受ける印象は「どこにでもいる人達」。一方、母国にも日本にも染まり切れない(南米人ゲイ)、恋が成就しないとわかったときが一番苦しかった(ニューハーフ)など、少数者としての経験がふっと垣間見える場面もある。
 語りは彼らの人生の断片にすぎない。けれども本来「私」という存在は特定の場所や関係性のなかで現れる断片的なものだ。だからこそ、その語りは人生の本質と関係しているように思われると著者はいう。どこにでもありそうな語りと、本人にしか伝えられない語りの断片との交錯が、彼らのリアリティを立ちのぼらせる。

週刊朝日 2014年8月22日号