《新書の小径 (週刊朝日)》

バチカン近現代史 ローマ教皇たちの「近代」との格闘

青木るえか#新書の小径
 初めて認識したコンクラーベ(教皇選出)は、ヨハネ・パウロ1世が選出された時のものだ。この時に「決まれば煙突から白い煙が出る。決まらないと黒」とかの知識を得、さらにこの人は見た目がハンサムだったので「ローマ教皇ってすごい」と思った(極東の仏教徒の高校生などその程度の認識しかありませんでした)。
 しかし1世は就任して1カ月で亡くなってしまい、次に就任したヨハネ・パウロ2世が、なんと申しますか、多少悪役風味の顔だったもので、そのへんで「バチカンて何かドラマがどろどろ渦巻く場所!」的な妄想に取り憑かれたりした。が、その後、ヨハネ・パウロ2世が来日した時、どっかのホールで何かの黙祷を全員で捧げるのをテレビで見ていたら、薄目をあけてあたりを窺ってるところをばっちり撮られていて、なんとなく「この人は風貌に似合わずいい人だ」と思った。
 ……などという個人の思い出を胸にして読むこの本は面白いです。
 パラパラとめくって出てくる教皇や枢機卿の写真を見るだけでもいい。もう、人としてモノがちがう、と思わされる。いい人かそうでないかなど、どうでもよくなる。「黒い貴族」とか「ヒトラーの教皇」とか「列福」とか、心を騒がせる言葉がページのそこここから頻出。キリスト教の聖人というのは今でも出現すると知り驚く。奇跡を起こしたことを証明するなんて、なんとも神秘的な話ではないか。
 近現代といえば、でかい戦争だの、でかい発明だので世界ががらっと変わるわけだが、そこに「世界最大の宗教のうちの一つ」のいちばんえらい人が決まった時どうなるのか。流されるのか、流れに逆らうのか。その行動を一つ一つ見ていくだけで、バチカンという小国と、その小国が動かす巨大なカトリック組織が浮き上がってくる。ことに心に残ったのがピウス9世。人びとを目覚めさせることから「覚醒教皇」と呼ばれたそうで、高橋和巳の小説の題材にでもなりそうな人である。

週刊朝日 2013年9月6日号
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