書評『国の死に方』片山杜秀著 |AERA dot. (アエラドット)
猫特集

AERA dot.

《ベストセラー解読 (週刊朝日)》

国の死に方 片山杜秀著

このエントリーをはてなブックマークに追加
長薗安浩#ベストセラー解読

国の死に方

片山杜秀著

978-4106105005
space
amazonspace

amazon.co.jp

space

この日本を“そんなに死なせたいのか”

 2011年3月11日以降に顕わになった日本の根深い問題──原発、ポピュリズム政治と官僚組織の弊害、終わりの見えない不況、東京と東北の関係性などと向きあうとき、私たちは何を手がかりに考えればいいのか。
 いろいろな視座がある中、片山杜秀は過去、つまり歴史を重視した。〈現在から想起される過去について書くことで、現在を思う糧(かて)が得られるように〉明治から太平洋戦争前後までの日本の政治史を精察し、この国がかかえる病巣の特質を明らかにしようと試みたのが、『国の死に方』だ。
 たとえば第1章を読めば、どうして権力は低きに流れて官僚支配がはじまるかよくわかる。それを防いで独裁者となったヒットラーの手法が第2章で紹介され、第3章では明治憲法がかかえた権力者の生まれない構造について知る。第9章にはようやく実施された普通選挙がいかに気分に左右されたか書かれている。その後は、米作にまつわる東北の苦悩とテロ事件の関係や映画『ゴジラ』が象徴する〈死に体政治に未曾有の国難が迫る〉状況が解説され、敗戦後の国体論の歪みに言及していく。
 誰が最初に言ったかは知らないが、歴史はくり返すらしい。そうならば、現況をどう受けとめ、どこへ向かって行けばいいか迷ってしまったとき、片山がここにまとめた歴史は現在の鏡となる。この本は、不吉な予感とともに打開の種を与えてくれる鏡の書だ。
 なお片山は、最終章で里見岸雄という思想家が説いた国体の核心、〈端的に言えば犠牲を強いるシステム〉を取り上げ、こう結んでいる。
〈犠牲社会とは縁を切った国、どんな過酷な事態に至っても誰ひとりにも捨て身の対応を命じられない国、しかも世界に冠たる地震大国が、国中を原子力発電所だらけにしてしまった。そんなに国を死なせたいのか〉
 奇妙なタイトルにこめた片山の烈しい思いが伝わってくる。

週刊朝日 2013年2月8日号


トップにもどる 書評記事一覧


おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事
あわせて読みたい あわせて読みたい