ドラマ評論家の成馬零一氏は、1980年代のオタクたちを描いたドラマ『アオイホノオ』を評論する。

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 1980年。一人の天才が大阪芸術大学に入学します。名前は庵野秀明。のちに社会現象となった大ヒットアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を作ることになるアニメ監督です。

 そんな庵野と同じ時代に同大に入学した島本和彦が、当時の青春を描いた自伝的少年漫画『アオイホノオ』が、テレビ東京の「ドラマ24」枠でドラマ化されました。主人公は島本自身がモデルといわれている、庵野の才能に嫉妬と羨望のまなざしを送る男・焔モユル。

 監督は『勇者ヨシヒコ』シリーズなどを手がける福田雄一です。

 先日、福田監督にインタビューをさせていただいたのですが、福田監督は、島本和彦の弟子だと自認しており、自身の創作手法を“島本メソッド”と語っていました。

“島本メソッド”とは、バカバカしい台詞をカッコよく言うことでシリアスな場面をギャグとして見せる手法です。それは焔モユルの描かれ方に強く表れています。

 焔は、いつも真剣ですが、客観的に見ると滑稽で、庵野が授業の課題で描いたパラパラ漫画の出来に敗北感を感じても、

「他人の作品を過大評価できるということは、俺の器がでかい証拠。つまり、まだ俺の方が勝っている可能性大。慌てるな。俺には無限の可能性があるんだ。先走った自己評価で勝手に負ける必要もあるまい」

 と、バカっぽい台詞を実にカッコよく叫びます。そのため、やってることは大真面目なのに、なぜか笑えるという独自のトーンとなるのです。

 
 そんな焔を演じているのは、コメディははじめてだという柳楽優弥。映画『誰も知らない』における繊細な少年役で一世を風靡しましたが、今作では、髪はボサボサで眉毛が濃い、随分と暑苦しい男となっており、漫画の焔を完コピしています。

 また、作中では、あだち充や高橋留美子といった実在する漫画家の名前や、実在する漫画やアニメの映像が、次々と画面に登場します。

 許可取りの手間がかかるため『あまちゃん』のような例外を除き、テレビドラマでは、実在する商品名や作家名は、架空の名前で、ぼかすことがほとんどです。しかし、福田監督は、実名を使わないと、本作の魔法は消えてしまうと思い、1年間かけて許可取りをおこなったそうです。

 そんな“島本メソッド”と、徹底した許可取りによって、80年を舞台にした才能をめぐる熱くて笑える青春ドラマに仕上がっています。

 今では国内外で高い評価を受ける漫画やアニメですが、80年代はまだ子ども向けのものとして低く見られていました。あの宮崎駿ですら、知る人ぞ知る存在だったのです。

 しかし、新しい才能が次々と誕生し、『タッチ』のあだち充や『うる星やつら』の高橋留美子といった人気漫画家が「週刊少年サンデー」に現れ、『機動戦士ガンダム』が新しいロボットアニメとして若者から熱狂的な支持を得ていました。

 そんな、百花繚乱の時代に、焔は漫画家を目指すのですが、どんな漫画を描けばいいのかわからず、日々悶々と迷っています。一方、庵野たちは大学の課題で、次々と面白い作品を発表し、やがて日本SF大会の開会式でプロ顔負けの自主制作の短編アニメを発表し、時代の寵児となっていきます。

 果たして焔は天才・庵野に勝つことができるのか?

 80年代を生きたオタクたちの熱き青春がここにあります!

週刊朝日  2014年8月15日号