大阪駅で。少年時代の山崎友也さん。写真展案内に作者自身が写っているのは珍しい
大阪駅で。少年時代の山崎友也さん。写真展案内に作者自身が写っているのは珍しい

 鉄道写真家・山崎友也さんの作品展「少年線」が東京・品川のキヤノンギャラリー Sで開かれている。山崎さんに聞いた。

【山崎友也さんの作品はこちら】

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 手渡された写真案内のはがきには、赤いスポーツバッグを肩にかけ、コンパクトカメラを首から下げた少年が写っている。赤とクリーム色の、いわゆる「国鉄特急色」の車体を背景に立っている。車両の側面には「特急雷鳥 新潟」の表示が見える。

 その少年は40年ほど前、大阪駅を訪れた山崎さんだという。「少年の夢」。そんな言葉が思い浮かんだ。

 鉄道写真にかぎらないが、何かに没頭する少年には大きなエネルギーを感じる。

 そのころ、広島に住んでいた山崎さんは夜の広島駅に通った。

「寝台列車が通過していくんですよ。一晩いればすごく楽しめた。『あさかぜ』『さくら』『はやぶさ』『富士』『みずほ』とか。東京行が23時、九州行が4時ごろ。それを撮影して朝帰る。小学生のときから」

 一方、山陽新幹線の開通(1975年)によって、広島駅では昼間の特急は見られなくなった。

 特急列車に憧れた山崎少年はひたすら鈍行列車を乗り継ぎ、たびたび大阪駅や東京駅を訪れた。

お金がないので、基本は駅で野宿。いまは締め出されちゃいますけど」

 不審に思った駅員や警察官から声をかけられた。

「補導じゃないですが、親に電話をさせられた。『あまりにも所持金が少ないようですけれど、親御さんはどう思っているんですか』みたいな感じで。親は『好きにやらせてやってください』と。よく許してくれたと思いますね。当時はとにかく、見たい、撮りたいの一心で」

撮影:山崎友也
撮影:山崎友也

 1988年に上京。日本大学芸術学部で写真を学んだ。

「昔はひたすら、車両の写真を撮りたい少年だったんですけど、日大時代にいろいろな写真を見て、かなり触発されました。ドキュメンタリーやスナップ写真を専攻して、そういう写真がすごく好きになった」

■人を撮るには必ず許可を得る

 今回の写真展には「車両が主役の写真は1枚もない」と言う。

「ガチの鉄チャン(熱心な鉄道ファン)が来ると、残念がられる写真展。まあ、車両の写真はないと知っているので、そもそも、来ないですけど(笑)」

「でも、蒸気機関車が写った写真もありますが」、たずねると、「これは博物館で写したもので、手前の小さな子が主役」と言う。

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夜に撮る必然性を感じる写真