そして、2年目、「覚醒したというか、何かに目覚めちゃったんですよ。ふふふ」。

 コルカタの空港から市街地のホテルに向かうタクシーの中での出来事だった。窓の外には夜の街が古めかしい街路灯が放つ黄色い光に浮かび上がり、過ぎ去っていく。

「不思議な空気感だった。郷愁か、哀愁か。ふるさとに戻ってきたような感じがした。タクシーのウインドー越しにずっと撮っていました。何が私を突き動かしたのか、いまだによくわからないんだけれど、ピリッときた。『これだ!』と、私が目指すインドがはっきりと見えてきた」

 写し始めたのは「夜の街」。文字どおり「日の当たらない街」。「取り残されたような庶民が暮す」貧民街だった。

「そういうところに何かがあるんじゃないかと思って、12年間通って写したんです」

■危なかったことは一度もない

 撮影にふらりと出かけるのは夕暮れどき。ショルダーバッグと三脚を担いで、裏通りを歩き出す。

「最初ね、ちょっと歩いて、チャイを飲んで、焼きそばかなんかを食べているうちに店のオーナーが『お前どこから来たんだ』『カメラか、こいつを撮ってやれ』とか、言うんですよ。で、仲間を撮るでしょう。すると、今度は『俺を撮れ』って言うんだ。そうしたら、もうね、どういうふうに撮ってもいいの。どんなに近寄ってもいい。あとね、カメラを向けて、顔が緩んだ人も撮っていいの」

 撮影はすべてノーストロボ。三脚を立て、カメラを据え、スローシャッターを切る。

 ガイドを雇って撮影する場合もあるという。

「ぜんぜん知らない街を歩いていると、熱心に私を見て、ずっと追いかけてくる人がいる。子どもじゃなくて、大人ですよ。外国人がこんなところに来て、街を撮っているというのがすごく珍しいんでしょう。で、その場で『あなた、私のガイドになって』と、お願いする。1時間、200ルピー払うからって。3時間くらい。よろこんでやってくれますよ。それで、ここは撮っていいとか、ここも撮れとか」

<けたたましい騒音と埃、悪臭、無造作に置かれた荷物。傾いた街、はがれたペンキ、野良犬がうろつき、牛が這い廻りギョロギョロとした人間の目と額がひときわめだつ。えらいこっちゃ……>(写真展案内から)

 ちなみに、この12年間、「危なかったことは一度もない」。

「逆にすごく、安堵感がある。人がいいんですよ。すれていないし、のびのびしている。そこにすーっと入っていける。貧しいとは思うけれど、みんなハッピー。カメラを向ければ『ハーイ』。撮ってくれよ、撮ってくれよって、ニコニコしている。それが心地よくって」

(文=アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】大山行男写真展「インド 知らない街を歩く」
リコーイメージングスクエア東京 4月29日~5月24日