撮影:森下大輔
撮影:森下大輔

 そんなとき、森下さんは仏教の教え、「空(くう)」と出合い、衝撃を受ける。

「『空』の考え方は、世界にはほんとうの実体なんてものはない、ということを前提としているんです。それまでぼくは『世界の感触』を知りたいと思って、ずっと撮ってきたんですけれど、そうじゃないんだよと」

 これまでの考えが根底から揺らいだ。しかし、森下さんはおだやかな口調で説明を続ける。

「いま、ぼくと米倉さん(筆者)がこうやって話をしている。その『関係性』が『空』の概念なんです。すべてはつながりの中にある。それを写真に置き換えたときに、すごく気持ちが楽になった。それからは『世界の感触を知りたい』じゃなくて、写真が生まれる過程がすごく大事だなと感じるようになった。そして、いまにいたっている。写真をつくることで自由を感じたいし、見る人にも自由になってほしい。それがいま、いちばん願っていることなんです」

■一枚の写真で勝負したい

 今回の作品展タイトル「Dance with Blanks」を直訳すると、「空白と踊る」。

「Danceの語源の一つに『生きる喜び』というのがあるんです。衝動とか欲動も意味している。そして、物事とのつながり『空』をBlankという言葉で表した。世界の中で踊る、みたいな喜びを表現したいという気持ちがあったので、『Dance with Blanks』というのは自分の意図にすごくぴったりだった」

 昔の「アサヒカメラ」(08年4月号)をかばんから取り出し、掲載された森下さんの初期の作品「鏡はほほえむ」と見比べてみる。すると、写真の内容がずいぶん変わった印象を受ける。

「昔は情報量が多いですね。肩に力が入っているというか。写真はこうあらねばならない、みたいな気持ちがすごく強かったですから。やっぱり、若いときって、肝が据わっていないんですよ。自信がないから、画面にどんどん情報を詰め込んでしまう。ただ、心理的なものはかなり変わりましたけれど、写真を撮影する作業自体はあまり変わっていないかもしれない」

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作家は苦しまなきゃいけないと思っていた