ショスタコーヴィッチの森(撮影:山田なつみ)
ショスタコーヴィッチの森(撮影:山田なつみ)

 写真家・山田なつみさんの作品展「TOKΘYO(常世)」が3月8日から東京・新宿のリコーイメージングスクエア東京で開催される。山田さんに聞いた。

【山田なつみさんの作品はこちら】

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 取材前、山田さんからメールのメールには、今回の作品についてこう書かれていた。

子育てを通じて得た母としての成熟、なかなか分かり合えない夫と妻の格闘……いろいろなモヤモヤと晴れ間を経て、フィルムで撮る意味がまるで地下室に眠るワインのように、発酵によって味わいを増しているかのようです>

 展示作品はワインのように楽しんでほしいそうで、<どちらもテロワール(大地)と時間が紡ぎ出した発酵物>とある。

 実際に作品を目にすると、子育てのように生み出されたプリントは墨絵のよう。画面の枠が滲み、絵柄のトーンもネガの階調をそのまま再現したものではなく、ムラとは異なる微妙な変化がある。作品によっては大胆にも墨汁を垂らしたような丸い跡が見える。それらが単なる絵柄ではなく、焼きつけられた印画紙の質感と相まって作品をつくり上げている。

エグレット・トラヴェルサン・アン・プティ・ヴィラージュ(撮影:山田なつみ)
エグレット・トラヴェルサン・アン・プティ・ヴィラージュ(撮影:山田なつみ)

■日本の原風景が雪室のような場所で完璧な状態で保存されていた

 おもな撮影地は福島県・奥会津地方。三島町を中心とする山間の地域に小さな集落が点在している。

 フランスの大学で写真史と映画史を学んだ山田さんがこの地で「TOKΘYO(常世)」シリーズは撮り始めたのは10年ほど前(「Θ」は死の神、タナトスをギリシャ語で表記した際の頭文字)。

「常世」とは、山田さんにとって、「胎内のような閉ざされた別世界」だと言う。

「あの世とこの世の間にある、子宮のような場所です。会津の小さな集落の暮らしを、その胎内に見立てています」

 小さな限られた世界。そこに生命力があふれている。文化が生き生きと根づいており、根源的な豊かさを感じるという。

「円環をなすように親戚のつき合いとかも集落ごとに完結している。同じ『サイノカミ』という祭りでも、川をまたぐと違うんです。常世感というか、雪で覆われたなかで人々が非常に楽しそうに暮らしている」

 初めて奥会津を訪ねたのは2010年春。7年間のパリ暮らしを終えて帰国した直後だった。福島県郡山市に住み始めた山田さん夫妻はドライブに出かけた。すると、「えーっ、何なんですか、ここは!」。「見たことのない空間」に衝撃を受けた。

 コンビニどころか、似たようなチェーン店も1軒もない。ハウスメーカーの家もほとんどない。そこでみんなが雪下ろしをしている。

「目が外国人になっている身としては、日本の原風景が雪室のような場所で完璧な状態で保存されていたように見えたんです」

 もともと、山田さんは山形市で生まれ育ったのだが、「風景の濃さがあまりにも違いすぎた」。


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死んだ子どもに会えるような気がした