写真家・澤田知子 どん底からの気づき。私は「タイポロジー作家」だった (1/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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写真家・澤田知子 どん底からの気づき。私は「タイポロジー作家」だった

cover/Face(部分)2002年(C)Tomoko Sawada

cover/Face(部分)2002年(C)Tomoko Sawada

 写真家・澤田知子さんが写真集『狐の嫁いり』(青幻舎)を出版した。澤田さんに聞いた。

【写真】心がざわつく!澤田知子さんの作品

 インタビューで訪れたのは恵比寿にある東京都立写真美術館。入口に置かれた「澤田知子 狐の嫁いり」展のパンフレットを手に取ると、豆粒ほどのモノクロの顔写真がずらりと並んでいる。

 さまざまな姿に変装して証明写真ボックスで写した膨大な数のセルフポートレート。このID400(1998年)は、とてもインパクトのある作品で、一度目にしたら忘れないと思う。2000年にキヤノン写真新世紀特別賞を受賞した、澤田さんの実質的なデビュー作である。

 私は澤田さんの作品に強烈な思い出がある。

 2004年、澤田さんが木村伊兵衛写真賞を受賞し、その作品「Costume」が「アサヒカメラ」5月号に掲載されたときだった。

 そこに写っていたのは青果店の店員、婦人警官、旅館の女将、尼僧などなど。すべて、澤田さんが扮したセルフポートレートだ。

 この作品は読者を刺激したようだった。発売直後、編集部の電話が鳴った。「なんで、あんな作品を掲載するんだ」「あの作品のどこがいいのか、まったくわからない」。よくも悪くも、あれほど反響の大きかった受賞作はなかったと思う。
ID400(部分)1998年(C)Tomoko Sawada

ID400(部分)1998年(C)Tomoko Sawada

なぜ人は澤田さんの作品を見ると心がざわつくのか

 そんな思い出を澤田さんに話すと、同様な体験をしたことがあるという。

「私の作品を見ると、すっごく試されている気分になるみたいで、腹を立てるというか。特に『ID400』だけを見ている人って、私がものすごく完璧主義者で、きつくて、無口と、わりと正反対の人物像をイメージされることが多くて。でも、実際に会うと、『全然違うな』みたいな感じになるんです」

 人は、顔を見ると無意識のうちにそれに引きつけられる。顔が複数あれば、脳は自動的にそれぞれの差異を探し始める(コミュニケーションを図る判断材料にするため、といわれている)。その一つひとつが違うようで、実は同じ顔というのは、通常ではありえない状況なので、知らず知らずのうちに脳の認識は混乱し、負担を感じるのかもしれない。

 さらに言うと、人は笑顔なく真正面を凝視した顔に無意識のうちに敵意を覚えやすい。成長の段階によっても顔を認識する目的は変化していく(母とのつながり→友だちづくり→社会生活)。

 澤田さんの作品は、目にした瞬間、私たちが数百万年前から集団生活をするうちにDNAに刷り込まれてきた記憶が呼び起こされる。それは人間特有のくせのようなものだから、そこから逃れることはできない。無意識に湧き上がる感情にあがないながら作品を鑑賞する。もちろん、全員ではないけれど、作品を見た人がざわついた気持ちを抱くのはそんな理由からではないだろうか。

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