撮影:大西みつぐ
撮影:大西みつぐ

上野から飛鳥山へかけて続く「偉大」な崖

「地形というのを一つのテキストとして歩くと、上野から北に続く界隈というのは連続性があるわけですよ。崖に沿って景勝地や神社、仏閣が連なっている。そこにお祭りとか、昔の文化が今に伝わっている」

 永井荷風は、「上野から道灌山飛鳥山へかけての高地の側面は崖の中で最も偉大なものであろう」と、東京散策記、「日和下駄」に書いているが、この崖は大昔の東京湾の縁にあたり、打ち寄せる波が上野台を削ってできたものらしい。

 西日暮里の崖の上には諏訪神社があり、作品には澄み切った青空の下、大きなイチョウが写っている。

「このへんのいちばんの鎮守なんですけれど、古い東京のイメージが感じられる素敵なところです」

 そのすぐ北には道灌山通りの大きな切り通しがある。「ここはほんとうに崖ですね。壮観というか、すごい。尖っている感じがします」。大西さんはその巨大なコンクリートの壁を向き合うように撮っている。

 住宅地の一角で写した作品もある。画面右下には電車が走る。「京浜東北線と山手線の分岐点の崖のてっぺんです。下町と山の手の境目にポーンと、こんな空間があるんですよ」。

 さらに北へ向かって歩いていくと旧古河庭園が見えてくる。小高い台地に石造りの洋館が建ち、斜面には洋風庭園、低地には日本庭園が配されている。

撮影:大西みつぐ
撮影:大西みつぐ

地形に寄り添って歩きながら、出来事や出会いを素直に撮り重ねる

 飛鳥山は上野台のいちばん北にあたり、公園内にはかつて渋沢栄一が住んでいた旧渋沢庭園がある。

「ここは上野と並ぶお花見の名所。『名所江戸百景』を見ると、ぼくが歩いたポイントとまったく重なってくるんです。飛鳥山から花見ついでに富士山を眺めたり、逆に下町方面を見たりとか。台地と低地の風景が描かれている。そこがいまも庶民の景勝地になっていて、すごく和みます」

 上野台は石神井川の流れによって途切れるのだが、その北には王子稲荷神社があり、「キツネが出てくるという、いわれのあるほら穴を祀ってあります」。作品には参拝に訪れた人たちが並び、いまも庶民から愛されている場所であることを感じさせる。

 大西さんは地形に寄り添って歩きながら、そこでの出来事や出会いを素直に撮り重ねた。

「永井荷風的な雑学というか、日和下駄的な感じですね。でも、この歳になって、坂を行ったり来たりしなくちゃいけないんだから大変ですよ。ふつうだったら、そこからスタートして、いまごろは下町の平坦な路地を歩いていればいいのに、逆のことをやっている(笑)」

                  (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

【MEMO】大西みつぐ写真展
「路上の温度計 1997-2004」
Zen Foto Gallery 3月5日~4月17日
「地形録東京・崖」
コミュニケーションギャラリー ふげん社 4月1日~4月25日

「路上の温度計 1997-2004」に合わせて写真集『TOKYO HEAT MAP』(Zen Foto Gallery、200×200ミリ、ハードカバー、4500円・税込)も発売する。