写真家・片山真理 木村伊兵衛写真賞の受賞前とその後 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

写真家・片山真理 木村伊兵衛写真賞の受賞前とその後


cannot turn the clock back - surface #001~003(撮影:片山真理)

cannot turn the clock back - surface #001~003(撮影:片山真理)

自分の体を見るのが嫌でしょうがなかった。写真に撮られるのもすごく嫌だった

 子どものころは自分の体を直視したくてもできなかったという。

「体が鏡に映ると、もうゾッと、鳥肌が立っちゃって。見るのが嫌でしょうがなかった。写真に撮られるのもすごく嫌だった」

 そんな自分を心の中で切り離した。

「だんだん意識しなくなるというか。自分が存在していないというか」

 周囲に対して自分のことを「他人のように話す」ようになった。「そういうくせなのか」と、言う。いつの間にか身についた振る舞いなのだろう。無意識のうちに発動した防衛反応、心を守るための鎧だと思った。

「ありのままの姿をさらけだして? そんなつもりはまったくない」

 しかし、矛盾している。なぜ、そんな彼女が作品の中で自分の姿をあらわにしているのか。しかも、バッチリ決めたメイクと衣装で。「自分を意識しない」どころか、そこに感じるのは強い自己主張。自分愛。

 ところが、それに対する答えが返ってきたとき、私は一瞬、言葉を失った。

「必要な要素として作品の中に登場してもらったんです。自分の体に。素材の1個だと思って、使った」

 矛盾がすーっと消えるのを感じた。作品に写っていたのは「片山真理」という名のマネキンだった。

「ただ、演出のために必要だったから『自分に写ってもらった』という感じですね。よく、作品について『ありのままの姿をさらけだして』とか、書いてくださるんですけど、(そんなつもりはまったくないんだけどなあ)と」

 幽体離脱したように「写真家・片山真理」は「マネキン・片山真理」に、こう話しかける。

「このオブジェだけを撮ろうとすると、何だかよくわからないから、君ちょっと、これを着て、ここに座ってよ。そうすると面白くなるから」

「写真を撮っているときって、そんな感じ。写真って、本当のことは写らないから」

 さらに彼女はこう続け、その言葉の意味を実感した。

「写り込んだオブジェは作品に必要だと思って作っているだけで、本当はすごく嫌いなんです」

 だから、ファンからそんなふわふわした「弱っちい」ものをプレゼントされるとすごく困るという(好きなのはその対極、「工場」のようなハードなものという)。

 実は「つくってきた」のは、作品だけではない。「外に出るときは顔を使い分けるようにした」「つくりこんでプレゼンしたり」。演出した「ミステリアスな写真家・片山真理」のイメージ。

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事
あわせて読みたい あわせて読みたい