撮影:山下恒夫
撮影:山下恒夫

身近にあっても見過ごしているようなものをテーマに撮る

 実はこの写真展、山下さんが「川の人」と呼ぶホームレスをひとつの題材としているのだ。橋の下で拾い集めた大量の空き缶に囲まれ、それを潰す様子にもカメラを向けている。意外にも暗い感じはぜんぜんなく、彼らの表情も明るく、健康的だ。

「川の人たちは缶を拾って、潰して、回収業者に渡すという、1週間のローテーションが決まっていて、すごく規則正しく暮らしているんです。ただ外にいるだけでね。この人なんか、毎日、納豆とめかぶと卵は欠かさない。すごく健康に気を使っているんですよ。コインランドリーへ洗濯に行くから、ぜんぜん臭くないし」

「もしかしたら、ぼくらより健康じゃないですか?」

「絶対にそうですよ。だって、すっごい量の空き缶を積んだ自転車を引いて、相当遠くの回収業者まで行ってますから。筋肉もすごくついている」

 地元の人とのコミュニケーションもきちんとあって、彼らは「ぜんぜん孤立していない」。そして、「川には余白がある」と言う。彼らの存在が周囲から「許されている、ここにはまだ余白が残っているんだな、と感じます。駅とかだとすぐに排除されちゃうじゃないですか。撮影していて、すごく社会勉強になりました。ホームレスの人たちの暮らしぶり」。

 そして、「後づけみたいになりますけど」と言い、こう続けた。

「ソール・ライター(※2)が『神秘的なことは馴染み深い場所で起きると思っている。なにも、世界の裏側まで行く必要はないんだ』と言っているみたいに、ぼくもそんなふうに撮るのが性に合っているんです」

(※2 ソール・ライターはもともとファッション写真家だったが、スナップ写真の作品が最近、注目を浴びている)

 中学時代、同級生を撮ることから写真を始めて以来、身近にあっても見過ごしているようなものをテーマに撮ることをずっと考えてきたという。

 そんな話をうかがい、インタビューを終えようとしたとき、衝撃的な事実を聞かされた。

「実は『たまりや』の谷田部さんは去年1月に急死したんですよ。10月には『かわや』が台風で流されて、田中さんはその後を追うように亡くなった。ホームレスの人もアパートに入って、もう誰もいないんですよ。突然、この昭和の世界はなくなったんです」

                  (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

【MEMO】山下恒夫写真展「多摩川のほとりで Along the river」
キヤノンギャラリー銀座 11月12日~11月18日