戦闘機F-2と飛行開発実験団の八木沼聡3等空佐。テストパイロットを養成する試験飛行士課程の教官を務めるベテランだ(撮影:徳永克彦)
戦闘機F-2と飛行開発実験団の八木沼聡3等空佐。テストパイロットを養成する試験飛行士課程の教官を務めるベテランだ(撮影:徳永克彦)

写真家の徳永克彦さんが『X 未踏のエンベロープ』(ホビージャパン。文:武田賴政)を出版した。表紙には大きく、試作機を表す「X」の文字。オビには「新鋭機開発に命を懸けるテストパイロット集団」とある。本書は彼らが操縦する多彩な自衛隊機の迫力ある姿が楽しめるレアな写真集なのである。徳永さんに話を聞いた。

【写真】戦闘機に同乗して撮影されたド迫力の作品はこちら!

 撮影の舞台となったのは、航空自衛隊岐阜基地(各務原市)に拠点を置き、飛行機やミサイルなどの開発、試験を実施する部隊「飛行開発実験団(飛実団)」。

「基本的に自衛隊が持っている飛行機は全部ここで試験しますから」と、徳永さんが言うだけあって、ページをめくると凛々しくも美しいさまざまな機体の姿が眼前に迫ってくる。

 航空自衛隊の主力戦闘機F-15J、曲技飛行用を思わせるカラフルな塗装が映える戦闘機F-2、地金がむき出しとなった銀色の胴体が輝く輸送機C-1、長年日本の空を守り続けてきた古参戦闘機F-4EJ、さまざまな用途で活躍する中等練習機T-4など。しかも、その多くがかつてXを冠した1号機である(そういう意味でもレアな写真集なのだ)。

 最初は、さすがは徳永さん(※1)、と思いながらかっこいい飛行機の姿を楽しんでいたのだが、解説文を読み、再び写真に目を戻すと、大げさではなく、姿勢が正される思いがした。これは単なる自衛隊機の写真集ではない。現代の軍用機開発とはいかなるものか、それを垣間見せてくれる貴重な一冊なのだ。

飛行開発実験団はさまざまな機種を保有している。手前からそれぞれF-4EJ改、F-2B、C-1、F-2A、F-4EJの1号機で、同隊によって実用試験に供された機体である(撮影:徳永克彦)
飛行開発実験団はさまざまな機種を保有している。手前からそれぞれF-4EJ改、F-2B、C-1、F-2A、F-4EJの1号機で、同隊によって実用試験に供された機体である(撮影:徳永克彦)

普通のパイロットが見ている世界の外側を覗いている

 徳永さんはテストパイロットを「新しい飛行機を開発したときに『フライトエンベロープ』を広げていく仕事をしている人たち」と表現する。
「飛行領域」とも書き記されたフライトエンベロープは、平たくいえば飛行機の種類によって異なる性能を表す。例えば、最高飛行速度や最高到達高度。これら制限値の内側が「飛行可能な領域」となるのだ。

 本書のなかで、かつてXF-2のチーフテストパイロットを務めた三輪芳照さんはこう語る。

<テストパイロットは航空自衛隊においてあくまでも縁の下の力持ちの存在である。実戦部隊が任務をしやすい、有用な装備品を提供するのが我々の仕事だ。一方で、密かに自慢していることもある。我々は航空自衛隊のパイロットの見ている世界の外側を覗いているということだ。T.O.(テクニカル・オーダー=技術指令書)には様々な制限値が記してあるが、いずれも我々テストパイロットが実際に試験で確認した結果であり、勲章だ。普通のパイロットが安全に飛ぶその一歩外側に、我々は足跡を残し、実際に確認した結果が制限値という『規制線のテープ』なのである>(カッコ内は筆者)

宇宙飛行士・油井亀美也が語ったテストパイロット時代の危機的体験

 ちなみに、本書のタイトルにある「未踏のエンベロープ」をひと言で表すと、死の世界である。安全が確認された「規制線のテープ」の外に足を一歩踏み出せば、いかに高性能のコンピューターでシミュレーションを繰り返したことであろうと、リスクは確実に増える。あらゆる事態に備え、ときには数カ月にも及ぶ入念な検討を経て、テストフライトは実施される。

 例えば、故意に機体に誤動作を起こして失速状態に陥らせ、きりもみ状態で落下。その間のデータを収集し、さらにそこからの脱出動作を検証する。つまり、操縦不能となることを正しく恐れ、エンベロープの外に踏み出し、仮にそのような事態になったとしても生還できる方策を練っておくのだ。

 その重要性を飛実団出身の宇宙飛行士・油井亀美也さんが自らの体験を基に語っている。

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想像を絶するテストフライトの厳しさ