写真家・大西みつぐが風来坊のように撮り歩いた東京・深川の街 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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写真家・大西みつぐが風来坊のように撮り歩いた東京・深川の街

大横川(2018年)

大横川(2018年)

一時期「深川から自然と足が遠のいていった」理由

 写真展の後半は「寺町だった清澄白河にカフェができて賑やかになってきた」ころのカラー作品。大西さんが監督した映画「小名木川物語」(2017年)で撮影した写真を含む「まちのひかり」シリーズと、昨年から「深川」で連載を再開した「深川 日々の叙景」シリーズで構成される。

 ちなみに、前半と後半の間、90年代から2000年代にかけては、「深川から自然と足が遠のいていった」時期だと言う。

 理由をたずねると、「たまたまですよ」と、返ってきた。

「旧城東区の砂町に引っ越して、そこで所帯を持って、さらに荒川を渡って、江戸川区に住まいを移した。そんなわけで、物理的にどんどん深川から遠のいていったんです」

 このころ新木場へ材木商の移転が完了し、昔なじみの風景が変わっていったこともある。

「川が埋め立てられて緑道公園になったり、木材が立てかけてあるところがなくなった。そういう深川、木場らしい風景がなくなっていっちゃった。寂しいよね」

 街の風景が変わると、思い出も失われていくような気持ちになる。
深川江戸資料館(2019年)

深川江戸資料館(2019年)

「清澄白河がちょっと面白いじゃない」と、故郷へ回帰

 そんな大西さんが、「清澄白河がちょっと面白いじゃない」と思い、また新たに深川とのつき合いが始まったのは2008年ごろだった。

「当時はまだカフェもはやっていなくて、古書店ができ始めたころ。美術家のご夫婦がいて、芸術活動をやる地域のコミュニティー活動の拠点ができたんです。その夫婦と知り合って、意気投合した」のがきっかけだった。

 10年には写真と地域を結ぶ作品展示イベント「深川フォトセッション」を開催した。

「美術家夫婦にもお手伝いいただいて……。そういうことがなければ写真を撮ったり、イベントをやろうという気持ちにはならなかった。行政が主導するのではなくて、街の人たちが新しい魅力をつくり上げていく。それに連なっていくのが楽しくて、自分の故郷へ回帰した。そういう流れですね」

 だから、深川の作品は東京の下町を定点観測的に撮っているのとは趣が異なると言う。

「例えば、秋山武雄さんという人は浅草橋で洋食店を営みながら、仕事の合間にずっと撮り続けているんですけれど、東京の下町の今昔をしっかりと写している。それに比べるとぼくなんか、近所の葛西臨海公園を撮ったと思えば、浅草だけを写したり、風来坊のように撮っている」

写真行為自体は40年前とほとんど何も変わらない

 今回の展示について、「最初はたぶん、80年代に撮った深川の写真を中心に見せてほしい、という(会場運営者側の)意図があったと思うんです」。

 しかし、「時間の流れみたいなものをそのまま見せたほうがいいなと思って」、80年代から今年撮影した作品までを展示した。

 最近の作品も「被写体ありきという偶然の産物で、写っているものは昔とそれほど変わらないんですね。ぼくの写真行為自体は40年前とほとんど何も変わっていないということなんです」。

(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

【MEMO】大西みつぐ写真展「ひかりのまち 深川1980/2020」
深川江戸資料館(東京都江東区白河1-3-28、電話03-3630-8625 https://www.kcf.or.jp/fukagawa)、8月5日~19日。


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