イスラエル人のハナ。両親は建国時に南米からやってきたという。彼女の語る家族の歴史がこの国の歴史と重なった
イスラエル人のハナ。両親は建国時に南米からやってきたという。彼女の語る家族の歴史がこの国の歴史と重なった
あなたが見たものが真実だから、それを信じなさい

 そんな印象深い話を聞かせてくれたひとりがハナだ。

 両親はイスラエル建国時に南米から移住。4人の娘を育て上げた。家には家族の写真がたくさんあり、それを見せながら自らの歴史を語った。「ユダヤ人として、パレスチナのことについてどう思うか」とたずねたとき、彼女はこう言った。

「何が正しいかは、どちらの側に立つかによって変わるから、真実は立場によって変わる。あなたはパレスチナ人でもイスラエル人でもないから、この地で起こっていることを両方から見ることできる。どこかのニュースで拾ってきたような真実を探すのではなくて、あなたが見たものが真実だから、それを信じなさい」

 それを聞いた瞬間、「これこそが今回の作品のテーマだと思ったんです」。

 そもそも、なぜイスラエルとパレスチナを訪れたいと思ったのか?

「パレスチナ問題がニュースで伝えられるじゃないですか。その背景に武力衝突や犠牲者の映像が流れる。そこへ実際に行って、自分の目で見たいと思ったんです。単純な興味。あんな場所にも生活している人がいる。彼らは何を考えて暮らしているのか、見に行こうと思ったんです」

「遺影になるかもしれないから、きちんと撮ってね」

 2018年3月。初めてイスラエルに降り立った日。街中のいたるところで自動小銃を手にした兵士を目にした。見慣れぬ光景に不安を感じた。その気持ちを何気なく宿の主人に話した。

「銃を持った人たちがたくさんいて、びっくりしちゃった、みたいなことを言ったんです。そうしたら、『安心を感じるだろ』って。それまで、銃イコール怖いみたいに思っていたんですけれど、彼らからすれば、銃によって自分たちが守られていることを日々実感しながら暮らしていたんです」

 それまでの自分の価値観が少しずつ変化していく。

 イスラエル兵やその家族らと出会い、会話を重ねていくうちに、自らの安全や領土を守るために、武器を取るという考えがごく自然に浸透していることを実感した。

 年下の兵士にレンズを向けると、「『遺影になるかもしれないから、きちんと撮ってね』と言われて。もちろん、冗談ですけど……」。

 人なつこい笑顔。春の豊かな日差し。その美しい風景の裏側にあるものが薄紙をはぐように見えてきた。

ヘブロンで。狭い部屋にパレスチナ人家族5人が暮らす。イスラエル軍から立ち退きを要求されているが父親は心臓病で寝たきりだ
ヘブロンで。狭い部屋にパレスチナ人家族5人が暮らす。イスラエル軍から立ち退きを要求されているが父親は心臓病で寝たきりだ

「あら、あなた1年前に来た、日本人じゃない」

 世界遺産、ヘブロンの旧市街地で目にしたのは、重厚な石づくりの古代の壁。それを背景に黒の民族衣装をまとったアラブ人のおじいさんの姿をカメラに納めた。

 しかし、それとはまったく異質な壁を繰り返し目にする。コンクリート製の巨大な壁。軽く10メートル近くはある。絶対的な拒絶――そんな言葉が思い浮かぶ。

「『分離壁』です。長さ数百キロにおよぶ壁が縦横無尽という感じである。それがイスラエルのユダヤ人居住区とパレスチナ人居住区を分けている。まさに分断の象徴です」

 壁の向こうにあるパレスチナ難民キャンプにも足を運んだ。それは街だった。数十年におよぶ避難民生活がいつしかキャンプを街へと変えていた。

 そこにも暮らしがあった。以前、子どもを撮影した家を2度目の取材で訪ねると、部屋に招き入れてくれた。

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