過去や未来につながる風景。写真家・鈴木理策にとっての熊野 (3/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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過去や未来につながる風景。写真家・鈴木理策にとっての熊野


熊野を撮り続ける理由

――熊野を繰り返し撮影して作品を発表していますが、毎回テーマは同じですか、それとも変わっているんですか?

 熊野を撮り始めたのは95年ごろ、当時の使用カメラは中判のマキナ67です。

 実はその前にも8×10で撮っていました。でも、あまりうまくいかず、カメラをマキナに変えました。

 そこで、今度は自分が何を見ているのかという実験のつもりで熊野を撮ったのですが、それは中判カメラの機動性としっくりするものがあり、作業として面白かった。同じ方法で恐山を撮影しました。マキナで撮影したこの二つのシリーズを『PILES OF TIME』(光琳社出版)という写真集にまとめ、それで99年に木村伊兵衛写真賞をもらいました。

 でも、その作業は8×10でやりたかったことなんです。ハンディーなカメラで、見たものを全部撮っていくという方法は、8×10では作業的に難しかった。

 いまはまた8×10に戻って、マキナで達成できなかったことを続けている気持ちがあります。だから、テーマとしては同じですね。

――熊野や恐山は信仰の地ですが、それ以外の、いわゆる聖地は撮らないんですか?

 最初に熊野を撮って、次に恐山を撮って、それからもう一度熊野を撮り直したんですけれど、やっていて面白かったし、評価もされたのだから、こんどは出羽三山や出雲に行こうか、とも思いました。

 でも、そうすると自分なりのやり口というか方法論に中身(撮影場所)を入れ替えていくことになってしまう。そういう作品のつくり方は嫌だったんです。

 自分の方法論を形式化して、中身を入れ替えていけば、どんどん作品が手に入るから、それでこなしていける。でもそれは自分にとっては違うと思いました。

 だから、当初の予定どおり8×10で、時間がかかってもいいからやっていこうと考えています。

 撮影に行くたびに見えるもの、目につくことが違うわけだから、それを写真にしていけばよいと思っています。


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