過去や未来につながる風景。写真家・鈴木理策にとっての熊野 (1/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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過去や未来につながる風景。写真家・鈴木理策にとっての熊野

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写真家・鈴木理策さんの写真展「海と山のあいだ 目とこころ」が7月21日からニコンプラザ新宿 THE GALLERY(東京)で開催される(大阪は8月20日~9月2日)。鈴木さんに話を聞いた。

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――「海と山のあいだ 目とこころ」。このタイトルには、どんな意味が込められているのでしょうか?

「海と山のあいだ」は、熊野を撮影したシリーズのタイトルで、熊野には深い山の終わりに海がある。その地勢に由来するものです。

「目とこころ」は、「撮影のときに被写体を見る」ことと、「写真を選ぶときに写真を見ること」、この二つの行為をわけて考えたい、という思いに基づく言葉です。撮影の時に対象を見ることと、出来上がった写真を見ることは別の経験なのに、それらを混同して語られることが多くあります。ときには、撮影のときに見たとおりに写っているかどうかを、できあがった写真に求めたりもする。

 でも、撮影時にいろいろなことを考えたり、感じたりしながら見えていたものと、カメラのレンズが機械的にとらえた図像は別のものです。人はこころを使ってものを見る、つまり目とこころはつながっているけれど、カメラのレンズにこころはないからです。カメラという純粋な機械の目を通して写真の中に表れてくるものを見つめ、そのことに意識を向けて写真を並べていくと、前後のイメージが手を結び、展示空間の中で新しい時間が流れ出す。特定の場所を説明する道具として写真を利用するのではなく、写真そのものが持つイメージの力を再考するものとして作品を構成しました。

――今回も8×10の大型カメラとネガカラーフィルムで撮影した、やわらかな調子の作品ですね。

 熊野を撮り始めた1990年代の初めころ、この土地は土着的なイメージに結びつけて語られることが多かったんです。でも、この土地で生まれ育った身としては、熊野をある一面からステレオタイプ的に決めつけられることに抗いたい気持ちがありました。

 かつて東松照明さん、内藤正敏さん、土田ヒロミさんといった写真家が、日本の原風景をモノクロ、ハイコントラストでとらえ、見る者に非常に強い印象を与えました。それらは、写真家がそれぞれに到達した表現だったのに、追随する人々や広告的なイメージに流用されるなどする中で、次第に表現手法として定型化していったように感じています。そうした状況に疑問を感じ、別の方法で熊野を表すことができないかと考え、カラーネガで撮影を始めました。

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