「五竜岳夏景」。朝、雲海をはるか下にしたがえていた五竜岳だったが、日が高く上るにつれて雲が湧き出して波のように五竜岳を包み込んでいく。雲はまるで生きているようで、やがて完全に飲み込んでしまった■ニコンZ 7・ニッコール Z 24-70mm f/4 S・ISO200・絞りf5.6・400分の1秒
「五竜岳夏景」。朝、雲海をはるか下にしたがえていた五竜岳だったが、日が高く上るにつれて雲が湧き出して波のように五竜岳を包み込んでいく。雲はまるで生きているようで、やがて完全に飲み込んでしまった■ニコンZ 7・ニッコール Z 24-70mm f/4 S・ISO200・絞りf5.6・400分の1秒

 槍ケ岳が北アルプスの「王」だとすると、「女王」は白馬岳。目の前にすると、ひれ伏して見上げるような存在です。でも、鹿島槍ケ岳は「社交界の貴婦人」みたいな感じで、大好きなんです。

 尖った槍ケ岳とは違う、双耳峰(頂上部に二つのピークを持つ山)ならではの美しさ。しかも、ちょっと人間ぽいところがある。かわいらしくて、可憐なところがある一方、怒りっぽいところもある。荒々しい北壁とか。表情がとても豊かなんです。

 奇をてらわず、そのすばらしさを存分に味わえる作品にしたかったですね。

作品世界を大きく広げて見せる極意

 写真展の日程は最初から決まっていましたから、与えられた撮影期間は2018年末から約1年。同じ季節は1回しか巡ってきません。紅葉を撮るチャンスも一度きりです。

 ふつう、一つの作品をつくり上げるのに最低でも3年から5年は撮ります。1年目は「粗撮り」というんですが、明確なイメージを持たずに撮影対象の山域に入って、雰囲気をつかみ、それを基にテーマを考え、絵コンテのようなものを頭の中に描いていく。

 翌年からは作品の骨格となる山稜を撮り、それに磨きをかけ、さらに細かいパーツとなる写真を撮っていく。中腹の風景、渓流や池塘などの「水もの」とか。

 展覧会場を「すごい写真」だけで構成したら見る側は疲れてしまいます。坦々と迫力ある作品が続くよりも起承転結があり、起伏が感じられるほうが印象に残る。作品世界を大きく広げて見せることができる。これは星野道夫さん(※2)の写真集をたくさん手がけてきたデザイナー、三村淳さんの教えです。

「紅葉寸景」。爺ケ岳南峰から扇沢越しに紅葉する岩小屋沢岳を望むとだいぶ下まで雲海が下がり、その先にまるで取り残されたような雲が目についた。山の稜線が入ると山が主役になってしまうので、あえて上部をカットした■ニコンZ 7・ニッコール Z 24-70mm f/4 S・ISO100・絞りf9・80分の1秒
「紅葉寸景」。爺ケ岳南峰から扇沢越しに紅葉する岩小屋沢岳を望むとだいぶ下まで雲海が下がり、その先にまるで取り残されたような雲が目についた。山の稜線が入ると山が主役になってしまうので、あえて上部をカットした■ニコンZ 7・ニッコール Z 24-70mm f/4 S・ISO100・絞りf9・80分の1秒

約1年間で50回以上通いましたね

 撮影が始まると毎日、天気図とにらめっこして、チャンスが来た!と思ったら、ほかの仕事の日程をなんとかやりくりして撮影に出かけました。

 夏の間は天候の良し悪しに関係なく、1週間の日程で3回山に入りました。1週間あれば、天気が悪くてもどこかでシャッターチャンスが巡ってきますから。

 でも、なかなかそこまでの時間はとれない。撮影ポイントまで平均すると5時間くらいかかるんですが、冬は日の出が7時くらい、夏は4時半とかなので、それに間に合うように夜、行って、撮ったらすぐに帰って来ることもありました。50回以上は通いましたね。

日本人に組み込まれている山の遺伝子

 山の向こう、遠くの下界に街が見える作品がいくつかあります。少し人間のにおいを入れることによって山と人間社会を相対化すると、山の世界が際立ってくる。

 実を言うと、最初はもっと人を入れた山の写真にしようと思っていたんです。登山者や雪どけ時期の小屋開きの様子なんかも撮っていた。でも、ちょっと違うな、と思って、すぐにやめました。もちろんそういう表現の面白さもあるんですが、間口が広がりすぎて焦点があまくなってしまう。

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