サンセットからおよそ20分後、カサブランカきっての繁華街ムハンマド5世通りを走り行くカサトラム。10両連接で全長65メートルという非常に長いトラムが通過した直後、人々は待ちかねたかのように線路を横断する。民族衣装のジュバラをまとった人や、アラビア文字が流れるトラムの行き先表示などが、アラビアンナイトの世界を演出する■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf5・ISO6400・AE・-1補正・JPEGスーパーファイン
<br />(撮影/櫻井寛)
サンセットからおよそ20分後、カサブランカきっての繁華街ムハンマド5世通りを走り行くカサトラム。10両連接で全長65メートルという非常に長いトラムが通過した直後、人々は待ちかねたかのように線路を横断する。民族衣装のジュバラをまとった人や、アラビア文字が流れるトラムの行き先表示などが、アラビアンナイトの世界を演出する■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf5・ISO6400・AE・-1補正・JPEGスーパーファイン
(撮影/櫻井寛)

 22年ぶりのモロッコは懐かしく、新鮮であった。城壁に囲まれたメディナ(旧市街)やスーク(市場)は昔ながらのモロッコで、ミントティーを出す茶屋などは、あたかも時が止まっているかのようだった。

【カサブランカを走る美しいトラム写真はこちら】

 一方、新鮮な代表はアフリカ大陸初の高速列車「アル・ボラク」である。世界最速の時速320キロで、ロバが荷車を引く草原を疾駆する気分は、SF映画を見ているかのような時間のアンバランスさを感じたが、ともあれ私は夢の超特急「アル・ボラク」に乗って、モロッコ北部の港町タンジェから、首都ラバトを経由して、モロッコ最大の都市カサブランカを目指していた。

 カサブランカには、えも言われぬ魅力的な響きがある。言うまでもなく往年の名画「カサブランカ」の影響だ。舞台は第2次大戦中の仏領モロッコ。カサブランカの酒場に、今は人妻となったイルザが突然現れる。酒場の主人リックとは、かつてパリで愛し合った恋人同士だった。イルザ役のイングリッド・バーグマンの美しさもさることながら、リック役のハンフリー・ボガートがよかった。

「昨夜はどこにいたの?」

「そんな昔のことは覚えていない」

「今夜、会える?」

「そんな先のことはわからない」

 男なら、一度でいいから言ってみたいせりふである。

 そんな勇気も甲斐性もないくせに、私は妙に期待してカサブランカのカサ・ボォヤージャー駅に降り立った。すると、駅前通りにワインレッド色の流線形のトラム(路面電車)が近づいてきた。その美しい顔立ちに、私はイルザをオーバーラップさせていた。カサブランカのトラムなので愛称は「カサトラム」。生まれを尋ねてみれば、フランスのアルストム・トランスポール社製とのこと。なるほど、パリジェンヌというわけだ。

ヤシの並木も印象的なカサブランカ市内を走るカサトラム。2012年の開業でインフラから車両に至るまでフランスのアルストム社が受注した。アルストム社といえばフランスの高速鉄道TGVが有名だが、高速鉄道から路面電車までその守備範囲は広く、日本の新幹線の出る幕はない。かつてのモロッコ国鉄には、東芝、日立、川崎製の車両も多かっただけに残念なことではある■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf5.6・ISO64・AE・JPEGスーパーファイン
<br />(撮影/櫻井寛)
ヤシの並木も印象的なカサブランカ市内を走るカサトラム。2012年の開業でインフラから車両に至るまでフランスのアルストム社が受注した。アルストム社といえばフランスの高速鉄道TGVが有名だが、高速鉄道から路面電車までその守備範囲は広く、日本の新幹線の出る幕はない。かつてのモロッコ国鉄には、東芝、日立、川崎製の車両も多かっただけに残念なことではある■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf5.6・ISO64・AE・JPEGスーパーファイン
(撮影/櫻井寛)

 それにしても長い。数えてみれば、先頭から最後尾まで10両連接で、全長は65メートルもある。この長いトラムが長蛇の列をなし、カサブランカの繁華街を蛇踊りのようにうねりながら進む。ちなみに、日本最長のトラムは、広島電鉄の5両連接「グリーンムーバー」で全長30.5メートル。これでもかなり長く感じられるのだが、カサブランカは広島の倍以上なのだからすごい。おそらく、世界最長の路面電車であろう。

 日本は鉄道が発達している国のはずだが、こと路面電車は途上国と言わざるを得ない。東京の都電はたった1両だし、大阪の阪堺電車も長くても3両連接にすぎない。一方、ヨーロッパで5両連接は最短だし、アフリカでは堂々の10両連接なのだ。

国連広場電停に停車するカサトラム。全長65メートルのホームは柵で囲まれ自動改札にタッチしないと乗車できないシステムになっている。柵をすり抜け足早に走り去る青いスカートの女性は実は無賃乗車!(撮影/櫻井寛)
国連広場電停に停車するカサトラム。全長65メートルのホームは柵で囲まれ自動改札にタッチしないと乗車できないシステムになっている。柵をすり抜け足早に走り去る青いスカートの女性は実は無賃乗車!(撮影/櫻井寛)

「日本のトラムが国際的水準になる日はいつ?」

「そんな先のことはわからない」

写真・文=櫻井寛

※『アサヒカメラ』2020年1月号から抜粋