22年ぶりのモロッコは懐かしく、新鮮であった。城壁に囲まれたメディナ(旧市街)やスーク(市場)は昔ながらのモロッコで、ミントティーを出す茶屋などは、あたかも時が止まっているかのようだった。
一方、新鮮な代表はアフリカ大陸初の高速列車「アル・ボラク」である。世界最速の時速320キロで、ロバが荷車を引く草原を疾駆する気分は、SF映画を見ているかのような時間のアンバランスさを感じたが、ともあれ私は夢の超特急「アル・ボラク」に乗って、モロッコ北部の港町タンジェから、首都ラバトを経由して、モロッコ最大の都市カサブランカを目指していた。
カサブランカには、えも言われぬ魅力的な響きがある。言うまでもなく往年の名画「カサブランカ」の影響だ。舞台は第2次大戦中の仏領モロッコ。カサブランカの酒場に、今は人妻となったイルザが突然現れる。酒場の主人リックとは、かつてパリで愛し合った恋人同士だった。イルザ役のイングリッド・バーグマンの美しさもさることながら、リック役のハンフリー・ボガートがよかった。
「昨夜はどこにいたの?」
「そんな昔のことは覚えていない」
「今夜、会える?」
「そんな先のことはわからない」
男なら、一度でいいから言ってみたいせりふである。
そんな勇気も甲斐性もないくせに、私は妙に期待してカサブランカのカサ・ボォヤージャー駅に降り立った。すると、駅前通りにワインレッド色の流線形のトラム(路面電車)が近づいてきた。その美しい顔立ちに、私はイルザをオーバーラップさせていた。カサブランカのトラムなので愛称は「カサトラム」。生まれを尋ねてみれば、フランスのアルストム・トランスポール社製とのこと。なるほど、パリジェンヌというわけだ。
それにしても長い。数えてみれば、先頭から最後尾まで10両連接で、全長は65メートルもある。この長いトラムが長蛇の列をなし、カサブランカの繁華街を蛇踊りのようにうねりながら進む。ちなみに、日本最長のトラムは、広島電鉄の5両連接「グリーンムーバー」で全長30.5メートル。これでもかなり長く感じられるのだが、カサブランカは広島の倍以上なのだからすごい。おそらく、世界最長の路面電車であろう。
日本は鉄道が発達している国のはずだが、こと路面電車は途上国と言わざるを得ない。東京の都電はたった1両だし、大阪の阪堺電車も長くても3両連接にすぎない。一方、ヨーロッパで5両連接は最短だし、アフリカでは堂々の10両連接なのだ。
「日本のトラムが国際的水準になる日はいつ?」
「そんな先のことはわからない」
写真・文=櫻井寛
※『アサヒカメラ』2020年1月号から抜粋