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木村伊兵衛の手法 何気ない日常風景から時代をドキュメントする

連載28 木村伊兵衛の「傑作が生まれる瞬間」

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田沼武能dot.#アサヒカメラ
米軍試射場「内灘」 (1953年)

米軍試射場「内灘」 (1953年)

 報道写真家・木村伊兵衛が目指したものは、自分の生きる時代の人々の暮らし、生きる姿をドキュメントすることであり、写真のエッセーにして語ることであった。

 1953(昭和28)年5月に米軍は石川県の内灘の砂丘を試射場にして使用を開始した。それに反対する地元の漁民、農民は砂丘で座り込み、反対運動を行った。そこにはモンペ姿の女性が多く、赤ちゃんを抱いている人もいたようだ。反対スローガンが書かれているのはムシロ旗、というローカル色の強さも話題となった。

 木村はその内灘を10月に訪ねている。しかしデモの座り込みを行っていない内灘はなんの変哲もない集落であった。小学校を訪ね、子どもを撮ったり、漁村を撮ったりしたが、思うようなものにならない。

 砂丘を訪ねると、砂丘に鉄板を敷いた異様な光景を目にした。太陽に照らされ、かなり熱くなっている。その鉄板の上を犬が一匹、熱さに足をふりながら行き先を失ったようにウロウロ歩いていた。その姿は米軍の到来で犬もとまどっているとして、木村氏は雑誌に発表している。

選・文=田沼武能(たぬま・たけよし)
ライフ社との契約を経て72年に独立。日本写真家協会の会長を20年間務め、現在、日本写真著作権協会会長。

※『アサヒカメラ』2019年9月号より抜粋


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