勝つための基本陣形「八陣」大研究 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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勝つための基本陣形「八陣」大研究

短期連載「戦国合戦の作法と舞台裏」(2)

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小和田哲男dot.#歴史

図版左から「鋒矢」「偃月」

図版左から「鋒矢」「偃月」

 こうした「八陣」が、実際の戦国時代の合戦でどのように用いられたかはわからない面もある。江戸時代になって、軍学の流行とともに人びとの注目を集めたという側面もある。そこで、江戸時代に書かれた軍記物に、「八陣」がどのように描かれていたかを知るために、具体例を二つほどあげておきたい。
 
 一つは豊後の戦国大名大友氏の『大友興廃記』で、そこに、「此度(このたび)の敵魚麟の陣をとらば、味方は彎月の陣をはるべし。方円をとらば、此方よりは雁行をとるべし。鶴翼をとらば、長蛇をとるべし。鋒箭をとらば衡軛を取べし。軍法の義は、兼々ならしをかるゝといへども、今弥(いよいよ)念を入、今日は軍の議定を成され、明日早天に御入数を出されん事御尤もっともに存候」と記されている。

 もう一つは播磨三木城の別所長治の軍記『別所長治記』で、別所氏の陣形と方角の関係について次のようにみえる。
図版左から「方円」「衡軛」

図版左から「方円」「衡軛」

  味方南に陣取る時、敵北に陣を張る時は、北より南を水剋火と剋す。此の時、味方衡軛に陣を張る。衡軛は四方。西方は土也。土剋水と剋す。味方北に陣をはる時、敵南に陣取る。水剋火論ずるに及ばず。敵若し衡軛を張らば、味方方円・団形・魚鱗の陣を張るなり。
団形は木、衡軛は土なれば木剋土と剋す(以下略)。
 
 五行思想の五方、すなわち、東が木、南が火、中央が土、西が金、北が水で、五行相剋がベースになっていたとする。(監修・文/小和田哲男)

(※1)しょくにほんぎ/文武天皇から桓武天皇まで(697~791年)の95年間を編年体で記した国史。六国史の一つ。

(※2)しょかつこうめい/三国時代の蜀漢の政治家、戦略家。劉備からの三顧の礼を受けて仕えたと伝えられる。

※図版作成/アトリエ・プラン

※週刊朝日ムック「歴史道Vol.5」より



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