春4月にして残雪のヴァトナハルセン駅に停車中のフロム鉄道1852列車。ほどよいカーブに車窓を開けてカメラを構えれば、何の遠慮もなく前席のカメラが突き出た。中国語で「不要播隊(割り込み禁止)」と言ったところで効果なし。当方が別の窓に移動したほうが得策だ ■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf5.6・ISO200・AE・-0.3補正・JPEGスーパーファイン
春4月にして残雪のヴァトナハルセン駅に停車中のフロム鉄道1852列車。ほどよいカーブに車窓を開けてカメラを構えれば、何の遠慮もなく前席のカメラが突き出た。中国語で「不要播隊(割り込み禁止)」と言ったところで効果なし。当方が別の窓に移動したほうが得策だ ■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf5.6・ISO200・AE・-0.3補正・JPEGスーパーファイン

  登山鉄道王国といえばスイスだが、ノルウェーにもすごい登山鉄道がある。フロム鉄道だ。全長20キロの間に標高差864メートルを登る。最も急な勾配は55‰(パーミル)。つまり1000メートル進む間に55メートル上昇するというわけだが、大した勾配ではないのでは?と、私は軽くみていた。なぜなら、スイスには480‰という桁違いの急勾配が実在するし、日本の箱根登山鉄道でも80‰あるからだ。

【岩盤むき出しのトンネルへ、吸い込まれるように突入。写真はコチラ】

 ところが、数字だけではわからないものがフロム鉄道にはあるという。それは、起点のフロム駅が標高2メートルなのに対して、終点のミュールダール駅は標高866メートルなのだが、北欧は緯度が高く、標高866メートルといえども、日本の2000メートル以上に相当するのだそうだ。いずれにせよ、自分の目で確かめなければと、私はグドヴァンゲン港からフェリーに乗り、世界遺産ネーロイ・フィヨルドを経由してフロム港に降り立った。

岩盤むき出しの荒々しいトンネルに突入するフロム鉄道。日本では考えられないが、ノルウェーでは道路のトンネルも多くは岩盤むき出しのまま。それだけ岩盤が強固というわけだが、トンネルに吸い込まれる際は少々恐ろしい。ちなみにノルウェー鉄道の列車は新型が多く、ほとんど窓が開かなくなったが、フロム鉄道は旧型車両なのでオープン可となっている ■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf8・ISO800・AE・マイナス1補正・JPEGスーパーファイン
岩盤むき出しの荒々しいトンネルに突入するフロム鉄道。日本では考えられないが、ノルウェーでは道路のトンネルも多くは岩盤むき出しのまま。それだけ岩盤が強固というわけだが、トンネルに吸い込まれる際は少々恐ろしい。ちなみにノルウェー鉄道の列車は新型が多く、ほとんど窓が開かなくなったが、フロム鉄道は旧型車両なのでオープン可となっている ■オリンパスOM-D E-M1 MarkII・12~100ミリF4・絞りf8・ISO800・AE・マイナス1補正・JPEGスーパーファイン

 フロム港はスカンディナビア山脈の山々に囲まれた小港で、あたかも山中の湖畔のようなたたずまいだ。けれども、実際はフィヨルドという名の入り江で、日本の豪華客船「飛鳥II」も訪れるそうだ。そう言いながら、フロムの宿のご主人が、フィヨルドを航行する「飛鳥II」の写真を見せてくれた。

 翌朝、フロム駅を8時35分に発車するフロム鉄道の1番列車に乗車する。ガラガラかと思いきや、発車直前に観光バスが3台到着し、あっと言う間に中国語と韓国語が飛び交うにぎにぎしい車内に変じた。ちなみに日本人は6両編成中に私一人だった。

 8時35分、フロム鉄道1852列車は発車した。目指すは20キロ先のミュールダール駅である。フロムの集落を抜けると、いきなり55‰の上り勾配に差しかかった。確かに55‰は驚くほどの急勾配ではないが、フロム鉄道全線の実に8割が55‰というから驚くほかない。さらにトンネルは20本あり、その全長は約6キロにも及ぶ。しかも、20本中18本までが手作業によるもので、1メートル掘るのに1カ月を要したという。

 岩盤むき出しの荒々しいトンネルに突入するシーンを列車の窓を開けて撮影する。と、その時、フロムにはあった樹木が、いつしか1本もないことに気がついた。標高はまだ500メートルほどだが、日本では2000メートルといわれる森林限界を越えてしまったようだ。「ノルウェイの森」は、ここには存在しない。

フロム鉄道の車内。ヒューマンなリュックを背負っているのが何の遠慮もなくカメラを突き出した前席の乗客。ヒューマンとは人間、人間の、人間らしい、という意味なのだが
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フロム鉄道の車内。ヒューマンなリュックを背負っているのが何の遠慮もなくカメラを突き出した前席の乗客。ヒューマンとは人間、人間の、人間らしい、という意味なのだが

 やがて列車は、終点のミュールダール駅に到着した。私は、オスロ行きの「ベルゲンエクスプレス」に乗り換えたが、中韓の団体客はいま乗ってきた列車でフロムへ折り返して行った。彼らはバスツアーでフロム鉄道はスポット乗車だったのだ。

写真・文=櫻井 寛

アサヒカメラ2019年7月号から抜粋