しかし、オープンから4カ月目の14年3月にチャンスが舞い込む。なんとミシュランガイドの担当が名刺を持ってお店に現れたのだ。当時はまだラーメン店が掲載されていなかった時代。最初はピンと来なかったという。

「ミシュランガイドのミシュランです。掲載候補のひとつに上がっています」

 その言葉を聞いて、ようやく「あのミシュラン」だと気づいたという。

「え? うち? と目ん玉が飛び出るぐらい驚きました。うち以外にもいくらでも美味しいお店があると思っていましたし」(山上さん)

 その後、調査員が7月に再びやってきて、10月には授賞パーティーの案内が来た。ミシュランガイド東京にラーメン部門ができた年に、開店1年でビブグルマンを獲得してしまったのだ。

トイ・ボックスの「醤油ラーメン」は一杯800円(筆者撮影)
トイ・ボックスの「醤油ラーメン」は一杯800円(筆者撮影)

 さらに翌年5月には日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!!」が取材に来た。「世界一うまいラーメンがつくれるか」という企画で、トイ・ボックスのラーメンに使っている鶏油(チーユ)をTOKIOの松岡昌宏が取材し、「油自体の旨味がすごい」と大絶賛。ミシュラン掲載に加え、テレビ放送でさらに火がつき、瞬く間に行列店の仲間入りを果たした。

 ミシュランは毎年更新されるため、翌年に「ミシュラン落ち」する店もある。トイ・ボックスは15年度も無事掲載となり、順風満帆な日々が続いていたが、山上さんには「鶏と水だけのラーメンを作りたい」という目標があった。

 若かりし頃お世話になった「69’N’ROLL ONE」の鶏と水だけのラーメン。この一杯が憧れとして頭に残り続けていたのだ。

「もともと、いつかはやりたいという思いはありました。でも、開店当初の自分は勉強不足だった」(山上さん)

 16年の初め、尼崎に移転して「らぁめん矢 ロックンビリースーパーワン」という名で営業する嶋崎さんのお店に足を運ぶ。そこで再び嶋崎さんのラーメンを食べ、鶏と水だけで挑戦しようと心は固まった。

 そう思っていた同年の6月、同じく嶋崎さんのラーメンに影響を受けた湯河原の「飯田商店」が鶏と水だけのラーメンを提供し始めた。

「負けていられない」

 山上さんの思いはさらに強まる。自分も憧れの人と同じ道を歩きたい。そう思った。

 すでにミシュランガイドにも評価されたラーメンを作り上げているのに、その味をやめるという決断。そこに迷いはなかったのか。

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味を変え続ける理由