屈指の名店「東池袋大勝軒」2代目が明かすプライベートで通い詰めるライバル店とは? (3/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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屈指の名店「東池袋大勝軒」2代目が明かすプライベートで通い詰めるライバル店とは?

連載「ラーメン名店クロニクル」

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 佐野さんは2014年4月に惜しまれつつも亡くなったが、お弟子さんによってその味は守られ続けている。佐野さん無くして今の自分はないと答えるラーメン店主も数多い。
支那そばやの「山水地鶏ワンタン醤油らぁ麺」(筆者撮影)

支那そばやの「山水地鶏ワンタン醤油らぁ麺」(筆者撮影)

 なぜ、飯野さんは数多ある名店から「支那そばや」を選んだのか。

「早いうちから全国を旅して食材にこだわってラーメンを作った佐野実さんが好きです。佐野さんを引き継ぐ周りの環境も素晴らしいと思います。新横浜ラーメン博物館で2001年と2002年に提供された『禁断のラーメン』は思い出の一杯です。当時考えうる最高の食材と技術を使って作られた一杯3000円のラーメンでした」

 佐野さんのこだわりとプライドとともに続いてきた「支那そばや」。店主亡き今も、常にラーメン界の頂点に君臨していなければならないというプレッシャーがあるだろう。

 しかし、レギュラーメニューが安定した高クオリティであることはもちろん、限定メニューにおいても「これぞ支那そばやだ」と思わせてくれるものばかりだ。そこには、ただ美味しいラーメンを作るということだけではなく、食材をしっかり“理解”してから使うという佐野イズムが継承されているのだと思う。

 佐野実さんの奥様で「支那そばや」代表の佐野しおりさんはこう語る。

「佐野実が創ったらぁ麺は、レシピさえあれば作れるものではありません。佐野実の想いをスタッフみんなが受け継いだからです。「東池袋大勝軒」店主の飯野さんに選んでいただきとても嬉しいです。今後も、選び続けていただける仕事をしたいと思っています」

 先代が偉大であるがゆえのプレッシャーを押しのけ、「東池袋大勝軒」を守る二代目の飯野さんならではの言葉には重みがある。伝統の味を守り続ける「東池袋大勝軒」と「支那そばや」。ぜひ改めて足を運んでみていただきたい。(ラーメンライター・井手隊長)

井手隊長

井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて18年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信し、「東洋経済オンライン」や「Rettyグルメニュース」でも連載中。古今東西のラーメンを食べ歩くラーメンライターとして有名になる。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演。サザンオールスターズをこよなく愛し、トリビュートバンド「井手隊長バンド」と昭和歌謡・オールディーズユニット「フカイデカフェ」でも活動する。


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