蒋万安氏の顔が描かれたラテアート。選挙事務所のスタッフで振る舞われた(撮影/野嶋剛)
蒋万安氏の顔が描かれたラテアート。選挙事務所のスタッフで振る舞われた(撮影/野嶋剛)

 記者たちに「蒋万安はどうなの」と尋ねると、「陳時中(民進党候補)よりも記者にも親切で、ハンサムだからいいわ」「えー、私はなんか中身がなさそうで嫌よ」みたいなリアクションがあり、彼女たちにとって、蒋介石のひ孫というのは、現実感からしてもピンとくる話ではないのだろうと感じさせた。 

 そこに現れた蒋万安氏は、ツルツルの肌で、髪の毛をビシッとセットし、記者たちの質問も無難に当たり障りのない答えでさばいて、さっそうと遊説に出かけていった。選挙事務所には集まった支持者たちが「蒋万安、当選!」とコールをしていた。当選が期待できる陣営特有の明るさが漂っていた。 

 日本メディアが「未来の総統候補」と書いているが、これにもちょっと違和感がある。ありえないとは言えないが、相当、先の話になるだろうということだ。台北市長選の結果をみても、得票率は4割ほどで、民進党候補や民衆党候補を大きく引き離したわけではない。「顔だけで、中身がない」という批判はくすぶっているなか、当選できたのはライバルの分裂、民進党候補の相次ぐ戦略ミスなどの僥倖に他ならない。 

 華々しい蒋万安氏の登場は、あたかも小泉純一郎元首相の息子として一躍スターになった小泉進次郎を思わせる。だが、その後小泉進次郎氏は苦労を重ね、首相候補という立場からは今遠ざかっている。蒋万安も今後、台北市長として評価を落とせば、当然、総統の道など遠いものになるし、人気が落ちた「小泉進次郎化」してしまうような可能性が高い方とすら思っている。 

 立法委員を2期務めたとはいえ、国民党の支持基盤の強いところから出馬して楽々当選してきただけで厳しい選挙を経てきたわけではない。市長選挙レベルでは「蒋介石のひ孫」はほとんど重荷にならず、加点材料になっているのだが、国政レベルの台湾全体の未来と関わるテーマを考える傾向が強い総統選挙になった場合、蒋介石や蒋家との関わりも、やはり一定のマイナスになるはずだ。 

 まだまだ「将来の総統候補」と言い切るには時期尚早ではあるが、それでも若きスターが登場し、台湾総統への登竜門ともされる台北市長のトップについた以上、その動向からは目が離せなくなった。 

●野嶋剛(のじま・つよし)

ジャーナリスト、作家、大東文化大学社会学部教授。1968年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。朝日新聞社入社後、シンガポール支局長、政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年に退社。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾で翻訳出版されている。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)。