新刊『Ultimate Edition』を上梓した作家・阿部和重へのロングインタビュー後編をお届けする。

ランキング】芥川賞、直木賞…文学賞受賞者の出身大学(全4ページ)

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■面白さ、笑える要素を重視している

――これは『ブラック・チェンバー・ミュージック』でも感じたことですが、「Ultimate Editon」に収められた作品はどれもエンタメ性があって、読んでいて抜群に面白い。以前よりも読みやすさを意識しているのではないですか?

 面白さ、笑える要素というのは、デビュー以来ずっと重視しながら書いてきたつもりです。わたくしの場合、作品によって書き方がかなり違うのですが――テーマやコンセプトに適したスタイルを選んでいるので――『Deluxe Edition』以降はわかりやすく伝わることを意識しているかもしれませんね。特に短編は効率的に物語を伝える必要があるので、必然的にわかりやすくなるのだと思います。

 あとは国家元首などを風刺的に描いているところもあるので、デフォルメしたり、茶化すことで“笑い”につながっている部分もあるでしょう。するする読める話のなかで重要な諸問題に触れれば、頭にも入りやすい。“小説を楽しみながらも、ときどき考えてしまう”というバランスがいちばんいいんだろうと。

――その考え方は長編小説も同じなんですか?

 そうですね。過去最長作となった『Orga(ni)sm[オーガ(ニ)ズム]』は、サーガ的な3部作の最終作なので情報量がいっそう膨らみ、米政府職員が主要キャラになるなど読者が入りにくい内容になることもあり、以前にも増して読みやすさを心がける必要がありました。そこで採用したのが、作者自身を物語の視点人物にすえるという設定。“阿部和重”が主人公なので、そのキャラクター性を出すためにまずデビュー作のような思いつきをどんどん取り入れる書き方に戻りつつ、Wikipediaの紹介文を引用したり自虐的ギャグなどを織り交ぜながらスラップスティックなドラマを展開させました。キャリアを重ねたことで、デビュー時よりも整理された文章になっていると思います。

 あとは伊坂幸太郎さんと合作した『キャプテンサンダーボルト』(2014年)の経験も大きいです。デビューする以前の“純粋に楽しいもの、面白いものにしよう”という感覚に戻れましたし、伊坂さんと一緒に書くなかで勉強になったことも多々あります。それは『ブラック・チェンバー・ミュージック』や今回の『Ultimate Edition』にもつながっていますね。

――個人的な感想かもしれませんが、現代社会の問題を色濃く感じさせつつ、読んでるときはめちゃくちゃ面白というバランスは、『ドント・ルック・アップ』や『NOPE/ノープ』など20年代以降の映画にも通じている気がします。

 わかります。いま挙げた2作はいずれも風刺性が込められているタイプの映画。皮肉も効いているし、わたくしも近い発想があるんだろうと思います。最近は映画批評を書いていませんが、頻繁に書いていた頃よりも、むしろ今のほうが映画のことを考えながら小説を書いている実感も持っています。

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森朋之

森朋之

森朋之(もり・ともゆき)/音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライターからアニソンまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、オリコンなど。

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