『忘れる脳力』著者の岩立康男教授
『忘れる脳力』著者の岩立康男教授

 「忘れることは、脳の健康に良いこと」。そんなメッセージを発信しているのは、千葉大学脳神経外科学教授の岩立康男氏だ。岩立氏は、著書『忘れる脳力』(朝日新書)のなかで、「忘れてはいけない記憶」を維持し、「忘れたい記憶」を忘れるコツを伝授している。

【図】嫌な記憶を消去する「カギとなる物質」はこちら

 記憶には様々なタイプがあるが、特に「嫌な記憶」は忘れにくく、向き合い方には注意が必要だ。『忘れる脳力』の一部を抜粋して解説する。

 前章までは、「脳は新しい記憶を獲得するために、積極的に記憶を消している」という事実を紹介してきた。ところが一方で、嫌な記憶に限って忘れられなかったりする。そうした嫌な記憶が、人のあらゆる行動にブレーキをかけ、あらゆる場面で頭を悩ませることがある。

 多くの人にとって、実は忘れることよりも、「忘れたいのに忘れられない」ことの方が、厄介な問題につながっているのではないだろうか。嫌な記憶が忘れられないのは、「情動を動かした記憶」が忘れにくい性質を持つからだ。

 それでは、嫌な記憶を忘れ、不安感を軽くしていくためにはどうしたらいいのか?意外かもしれないが、不安を遠ざけるのではなく、「その不安感に一時的にどっぷりつかって十分に落ち込む」ことが重要だ。なぜ、落ち込むことが重要なのだろうか?

 落ち込んで何もやる気が起きず、ぼーっと過ごす時間は、そのことを記憶に残しにくくするからだ。本書(『忘れる脳力』)の第4章で詳しく話をするが、これには脳を動かす2大システムである「集中系」と「分散系」のうち、分散系が関わっている。

 「集中系」は、何かの課題や目的に向かって集中的に作業をしているときに活性化する脳内ネットワークであり、逆に、ぼーっとしているときに活性化しているのが「分散系」である。

 気分が落ち込むことで、この分散系が活性化する。これが記憶を作るための「新生ニューロン」を減少させて、嫌な現実に関する記憶を残りにくくする。

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