写真はイメージ(GettyImages)
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「子どもは授かりものだから、できる時はできるし、できない時はできない。それも自然の摂理でしょう。針を刺したり、第三者が受精させたり、そんな不自然につくった子どもって、どうなんだろう……。あんたはそれで本当に幸せなの?」

 子どもが欲しい、その一心で辛い治療と向き合ってきた3年を否定されたような気がした。無論、母に悪気はないのは重々分かっている。「それでも」とDさんは言う。

「不妊治療が存在しなかった時代を生きた親世代に、不妊治療を理解してほしいと思ってもどうしても難しい部分がある。やっぱりこれは、治療を経験した当事者にしかわかり得ない世界だと痛感しました」

 だが、“当事者”が必ずしも良き理解者になるとも言い切れない。5年にわたる不妊治療中、同じく不妊治療に取り組む学生時代からの友人と励ましあいながら乗り越えようと奮闘してきたEさん(40)。Eさんが治療を始めて2年後、同い年の友人も治療に取り組むことに。当事者同士でしか分かち合えない治療の葛藤や苦しみを、長年にわたる友人と共有できる安心感と喜びは大きかった。だがそんな期間は半年間と短いものだった。友人が早々と妊娠し、治療から“卒業”していったからだ。

「妊娠した友人は、“妊娠のためにはこうすべき、ああすべき”と、完全にアドバイスモードに切り替わって……。私の方が治療期間が長い分、なかなかそれを受け入れられない自分がいました」(Eさん)

 追い討ちをかけたのが、妊娠した友人が、不妊治療によって子どもを授かったことを周囲にひた隠しにしていることだった。例えば共通の友人とグループで集まる時、Eさんは不妊治療中であることを明かしているが、妊娠した友人は「私が不妊治療していたことは絶対に言わないで」とEさんに釘を刺し、あくまで“自然に”授かったように装う。「不妊治療は、そんなにまで隠したいことなんだ」と思うと、未だ治療の渦中でゴールが見えない自分が惨めに思えて仕方なかった。

「これだけ不妊治療や妊活という言葉が浸透しても、実際のところ、不妊治療に対する偏見の目は存在する」

 とは前出の松本さんだ。その証に、Eさんの友人のように、不妊治療で授かったことを「隠す」人は決して少なくないという。松本さんは言う。

「不妊治療を経て妊娠したら、途端に治療について口をつぐむ方が多い。それは世間の偏見の目から、産まれてくる子どもを守るためでもあると思います。ですが本来、偏見の目をなくすためには、まずは治療をしている当事者が、不妊治療がどのようなものなのか、その実態を周囲にきちんと伝える努力も必要。隠したり中途半端に伝えることを続けていると、世間の理解はなかなか広がらない」

 不妊治療の当事者が、自分の体験を声に出して伝えることは、とても勇気のいることだろう。それでも「これから治療に臨む、一人でも多くの人のために」と体験を話してくれる人もいる。次回は、不妊治療をやめる選択をした、ある当事者の話から――。(次の記事に続く)

【前編はこちら】不妊治療と仕事の両立の難しさ 上司からの「いつ頃子どもできそう?」に涙があふれて

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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