池上彰さん(写真左)と保阪正康さん
池上彰さん(写真左)と保阪正康さん

 大国が自らの権益を剥き出しに主張しつつある昨今。ロシアのウクライナ侵攻は、いやが応でも第二次世界大戦とその始まりを連想させる。発売中の『歴史道 Vol.22 第二次世界大戦の真実』(朝日新聞出版)では、最新刊『歴史の予兆を読む』を上梓したばかりの池上彰氏と保阪正康氏が、前(さき)の大戦の真相について語り合った。当代を代表する二人の論客は、世界大戦の「過去・現在・未来」をいかに考えたか?

※記事前編<<池上彰×保阪正康 第一次世界大戦とウクライナ侵攻が類似する「まさか」の事態>>から続く

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保阪:僕は常々、日本の歴史総括の曖昧さ、いい加減さに腹が立っているのですが、戦間期のドイツもある意味でそうだった。そのためにヒトラーが権力を握ってしまったのでしょう。実は日本の軍人は第一次世界大戦直後の大正八~九年(1919~20)頃に群れをなすようにしてドイツへ留学しています。もともとプロイセンを真似て軍隊を作ったところもあり、特に陸軍は伝統的に親独派が主流でした。たとえば、東条英機も留学してドイツ軍人たちの零落ぶりを見た。けれども、どういう結論を得て日本に帰ってきたかというと「ドイツは軍人が戦争に負けたんじゃない。後ろで支える国民が社会主義思想に幻惑されて皇帝を倒すとデモをした。戦争を支えるべき国民の裏切り、跳ね返りが敗北に追われた理由だ」というふうな理解の仕方です。同じドイツ留学組でも石原莞爾はまた違う見方をしていますが、東条のような認識から国家総力戦の本当の姿が浮かんでくるわけがないでしょう。軍の中には永田鉄山のように「国家総力戦に移行したんだから軍人だけがやるんじゃない。戦争は官僚や産業人、いろいろな人たちの総合的な力の中でやるものだ」という考え方をする人もいた。でも結果的に東条のような考えの人が権力を握っていく。これも歴史総括のいい加減さの表れだと思います。

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