それにしても性別変更が無事済んだかと思えば、その後の手続きも想定外のことが続いた。例えば戸籍である。Aさんは「二女」として戸籍に記されているのだが、今回、戸籍上の性別が男性になったことでAさんは「二男」として記されることになった。え? 長男じゃないんだ!! と誰もが驚いた(長男のいない二男……ということになるが、そういう論理性よりも戸籍のお作法が優先されるらしい)。また、女性として生まれたことは戸籍上からは消されなかった。性別変更して戸籍がゼロから男性としてつくりなおされるのではなく、女から男になった日付が戸籍に記録されるだけだった。

 さらに、生命保険や医療保険の取り扱いにも驚いた。Aさんはいくつか保険に入っているが、某大手保険会社は「男性になったので保険料が上がります」と言ってきたそうだ。「私は生物学的には女性です。職業も変わっていません」と反論したが、「男性の保険料は上がります」の一点張りだったそうだ。一方、別の大手保険会社はシンプルに「お客様の身体は女性のままなので保険内容は変わりません」と言ってきたとのことだった。

 なにより驚愕したのは薬の扱いである。Aさんは卵巣摘出後に更年期障害症状に苦しみ、更年期の女性が受けるのと同じ治療を受けている。ところが性別が男性になったので、今後は更年期障害の治療は保険適用で受けられなくなると告げられたのだった。「これからは全て自費になるよ」と申し訳なさそうに伝えてきた医師は、「女性のままでよかったのかもね……」と思わず口にしてハッとしたような顔をしたそうだ。

 Aさんの身に降りかかる「性別変更」をめぐるあれこれに伴走しながら、いったい「性別」とは何よ……という思いにもなる。薬が自費になると言われ、一瞬「え、女に戻したほうがいい?」との思いがAさんの頭をよぎったそうだが、一度変更した性別を元に戻すことはさらに困難である。これまでも性別変更後に元の性別に戻したいと訴えた人もいるが、基本的には難しい。女性に性別変更した男性で、性別変更した途端に就職口があまりにもなくなったことから性別変更したことを後悔したと訴える人もいるが、そういう話を聞くと「賃金の低い側」の女としては混乱するような思いにもなる。

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戸籍制度に支配される性と生