「その景色を見て、わたしの髑髏がほほえむのを感じました」
「その景色を見て、わたしの髑髏がほほえむのを感じました」

 藤原新也さんによる名作『メメント・モリ』が、刊行から40年近くを経て、再び話題になっている。著者がアジア、アフリカなどを歩き、撮影した写真一点一点に“心の声”を付したこの作品集は、1983年の発表以来、現在まで読み継がれてきた。5月8日に放送されたテレビ番組「林先生の初耳学」でも、俳優の斎藤工さんが影響を受けた1冊として紹介された。

 タイトルの「メメント・モリ」とは、ラテン語で「死を想え」を意味する。ペストが蔓延した中世末期のヨーロッパで、人々の日常がいつも死と隣りあわせにあることを示す警句として盛んに使われたという。

 疲弊した世界に唾を吐くのではなく、花を盛るような本を――編集者のそんなリクエストから誕生した1冊。当時30代後半だった著者は、どんな願いをこの本にこめたのか。当時を振り返り、2018年の復刊時に藤原さんに寄せていただいた文章を特別に公開します。

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『メメント・モリ』レシピ。

 昨今出版物の寿命が短くなり、速やかに書店の店頭から姿を消す場合が多い。そのような出版物短命時代にあって1983年に上梓した拙著『メメント・モリ』は発行から35年経った今でも本屋の店頭に並び、一定の読者を獲得している不思議な本だ。おそらく30年以上も読まれ続けている本というのは昨今のように目まぐるしく情報の入れ替わる世の中において希有とだけは言えるだろう。

 しかし“読まれている”という言い方は少しこの本の性格から誤解を招くかも知れない。本書は70年代から80年代はじめまでの約10年間、写真家として世界各地を巡って撮った写真の中から74点を抜粋して、その一点一点に言葉を付したものである。

 当時はそのような作りの書籍は皆無だったから読者の目には新鮮に映るとともに戸惑いも感じられた。読者カードに「この本は写真集なのですか、詩集なのですか」という問いもあったように、購読する本がなんらかのカテゴリーに属した本でないと安心できないという読者もいた。だが私はこの『メメント・モリ』という本はあらゆるカテゴリーから逸脱しているからこそ存在意義があると思っていた。

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きわめて異例の方法で作られた…