北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表
北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

 一方で、この法案では絶対に救われない被害者が確実にいることも、重たい現実だ。冒頭の「高いものほど怖い」と過去を悔やみ、暴行によるPTSDに苦しみ続ける被害者たちは救われない。国がAVでのリアル性交を黙認することによって、被害はこれからも生まれ続けるだろう。なぜなら、AVの被害は契約に問題があったから起きるのではなくて、リアルな暴行を受け、性虐待を受け、リアルな性交が求められるから起きている。この法案は、そういう被害を生むリアルを黙認した上で、「被害出るよね、わかってるよ、だから救済措置は取るよ」という態度に見える。

 被害が出るとわかっているのなら、被害の原因を止めるのが本当の意味の救済措置だろう。それでも、与野党による法案の素案では、「性交禁止」という言葉は決して出てこなかった。そして法案成立に関わった支援者団体等も、「今回は『性交禁止』は諦める」という方向だ。被害者を生む蛇口を開けっ放しにして走ることを、被害者支援団体が受け入れたことは、どれほど被害相談が逼迫しているかという現実なのだろう。一方で、「性交禁止を入れてほしい。そうでないなら、今回は18歳19歳の特例法をつくるべきだ」と踏みとどまってほしいとする声が、ほとんど聞かれないのは残念に思う。

 AV人権倫理機構というAVの「適正化」「クリーン化」をはかる団体がある。この法案に関するヒアリングで出された彼らの資料には、「(業界は)健全化し続けており、社会的評価を上げて認められたい。(非常にもうかるから続けたい)」という率直な業界の言葉が記されていた。そしてこの法案では、AV人権倫理機構が代表する業界の言い分はほぼ通ったことになるだろう。罰則が重たい分、業界は「適正化」される。国がAVを定義した分、業界は「クリーン化」される。世に出回っているAVは安心して楽しめる娯楽となるだろう(今と同じように)。市場に出回っているということは、出演者が契約を取り消すこともなく、安全な方法で撮影され、出演者には手厚い保護が行われている……はずなのだから。

 この法案はだから、リアル性交を記録して販売するAV業界を「適正化」する法律ともいえる。

次のページ
誰がなぜどの立場で法案の成立を望むのか