瀬戸内寂聴さん
瀬戸内寂聴さん

 2021年11月に99歳で亡くなった瀬戸内寂聴さんが、97歳の時に上梓した『寂聴 九十七歳の遺言』(朝日新書)。そこには自身の人生における出会いや別れ、喜びや悲しみのすべてが記されており、ベストセラーとなっている。本書より、寂聴さんにとっての「孤独」についての一文を一部抜粋してお届けする。

【写真】剃髪前、若かりしころの瀬戸内寂聴さん

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 私たちは幸福な時、あるいは自分は幸福だと思っている時には、皮膚のように自分にくっついている孤独に気がつきません。

 私たちが自分の孤独に気づくのは、自分が不幸だと思った時でしょう。

 お金がない時、病気になった時、試験に落ちた時、何かの競争に負けた時、自分の意見が通らない時、仲間外れにされた時、誰かに裏切られた時、愛する人の不幸を自分の力で慰められないと気づいた時、そして愛する人との生き別れ、あるいは死に別れ……。

 私たちが不幸だと思う時を数えあげたらきりがありません。

 自分は今苦しんでいると思い知った時に、人間はその身に張りついている孤独と出逢い、はっきり顔を合わせるのです。

 孤独が人間の皮膚なら、苦しみは人間の肉でしょう。二つは決して離れることが出来ない関係です。

 お釈迦さまは「この世は、はじめから苦しみの世の中だ」と教えています。みなさんよくご存知の「四苦八苦」ですね。

 四苦とは、生、老、病、死の四つ。生まれる苦しみ、老いる苦しみ、病気になる苦しみ、死ぬ苦しみです。

 さらに四つの苦しみ、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、五蘊盛苦(ごうんじょうく)があります。愛する者と別れる苦しみ、怨み憎む者とも会わなければならない苦しみ、欲しいものが求めても手に入らない苦しみ。

 そして五蘊盛苦は、人間の存在を構成する五つの要素(体、感覚、知覚、意覚、認識)に執着することによって受ける苦しみ。これは、前にあげた七つの苦しみを集約するものといえます。

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