■若い医師や医学生は時代の変化を認識している

 それでも白血病などの血液がんだと、変異が1万個ぐらいで、かつ精査すると関係しそうな変異は1500~2000個ぐらいに絞られる。その結果、血液がんに関してはかなりゲノムの力を生かせるようになったという。

 最終的には、日本の社会がゲノム解析を利用した医療やヘルスケアを受け入れるかどうかにかかっている。が、ここにも大きな課題がある。それは「ゲノムの情報は患者個人だけでなく、子どもや家族にも関わる可能性がある」ことだ。実際、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)や一部の大腸がんなどでは、病気の発症リスクが親から子どもに引き継がれる可能性があることがわかっている。そのため「診療の手引き」でも、HBOC特有の遺伝子変異であるBRCAの遺伝学的検査を受けたいと希望する場合、遺伝カウンセラーなど専門の人間が対応する必要性が明記されている。

「これからAIの進化によってゲノム解析は進むと思います。しかし、技術が進んでも、私たちが追いついていかない。追いつかないのは倫理観なのか、リテラシーなのか、それとも医師のマインドなのかわかりません。ただ、技術と人間との解離がどんどん進んでしまったら、立ち止まる必要もあると思います。それでも今の若い世代の医師や医学生は、時代が変わりつつあることを強く認識していると、私の少ない経験からは感じています」

 AIやバイオメディカルデータは決して“冷たいもの”ではなく、患者に最適な医療を行うためのツールである。宮野特任教授はそれらを活用して、患者に寄り添う、次世代の若き医師の活躍に夢を託す。

宮野 悟(みやの・さとる)
東京医科歯科大学M&Dデータ科学センター・センター長、東京医科歯科大学特任教授。1977年、九州大学理学部数学科卒。79年、同大学大学院理学研究科修士課程数学専攻修了。理学博士。同大学理学部、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長などを経て、2020 年から現職。日本バイオインフォマティクス学会長、神奈川県立がんセンター総長などを歴任。国際計算生物学会(ISCB)からISCB Fellowの称号を授与。

(文/山内リカ)

※週刊朝日ムック『医者と医学部がわかる2022』から再編集、加筆・改変