■ゲノム解析で難治性のがんや希少がんも治る? その課題とは


 エキスパートパネルが特に力を入れているのは、難治性のがんや希少がんに関わる遺伝子の解析だ。その結果を個別化医療につなげることで、これまで救えなかった患者を救えるようにすることが、一つの目的となっている。「全ゲノム解析等の推進に関する専門委員会」(厚生科学審議会科学技術部会のひとつ)が立ち上がったのが2021年5月。22年1月には7回目の会議が開かれていて、「非常に駆け足で進んでいる」(宮野特任教授)という。

 これが実現すれば、患者にとっては朗報だろう。だが、課題がないわけではない。

「最大の問題は、他者へのゲノム解析の結果の開示が法律上難しいという点です。例えば、ある難治がんの患者さんに、“○番目の染色体の、ある場所のDNAに、こんなバリエーション(変異)がある”ということがわかったとしましょう。それが難治がんの原因になっている可能性があれば、それをほかの患者さんにもシェアしたいわけですが、実際は、同じような症状の患者さんが出ても、過去の患者さんのデータを参照することは現時点ではできません」

 唯一、患者が未成年の場合はその家族の同意を得ていればデータを使うことが可能だが、個人情報保護法などがネックとなって、なかなか「調べた遺伝子を研究用に活用させてください」とは言いにくい。

 こうした事情もあり、東京医科歯科大学の「医療データ社会還元プロジェクト」ではゲノムに関するデータは一部しか取り扱わず、まずは胸部CT画像や脳のMRI画像などの検査情報や治療の経過などのデータのみでスタートした(当然ながら、患者が特定されないよう匿名化される)。この状況に宮野特任教授は、「そこがまさに日本の弱いところだと思います」と残念がる。そのうえで、強い期待を込めてこう訴える。

「次の世代、今から医学部に入ろうとする若い人たちが活躍する時代には、ゲノムの情報はがんや難病に限らず診断や治療の手段として、当たり前に扱える世の中であってほしい」

 ゲノムデータが普通に医療現場で使えるようになったら――。宮野特任教授が思い描く医療は次のようなものだ。

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今後重要になるのは「バイオメディカルデータ」の活用法