「例えば、熱心に地域の集まりに参加していた人が、難聴になって人の声が聞き取りにくくなったとします。最初は聞き返せても、頻繁になるとそれが申し訳なくなり、自分がいると迷惑をかけると、集まりに参加しなくなっていくのです。外出の機会が減ることは、認知症のリスクを高めます」

 難聴がある人に声をかけるときには、大声で話す必要があり、周囲の人にとっても負担となる。同居する家族の間でも次第に最小限のことしか話さなくなり、会話が減りやすい。そして精神的にも落ち込み、社会から孤立していく。抑うつや社会的孤立は、前述のランセットが発表した危険因子にも含まれている。

 そのほか、耳からの情報が減ることで、脳の機能が使われにくくなり、認知機能に影響を及ぼすことなどが考えられる。

 現在のところ難聴の根本的な治療法はなく、難聴に気づいていても放置する人が多い。難聴を自覚している人のうち、耳鼻咽喉科医もしくはかかりつけ医に相談したという人は半数にも満たないというデータもある。近畿大学病院耳鼻咽喉科主任教授の土井勝美医師はこう話す。

「『難聴があるのに補聴器を装用していない人は、認知機能の低下が早い』『補聴器を装用することで認知機能や記憶力が改善した』といった研究結果が世界中で報告されています。つまり、耳鼻咽喉科を早期に受診すること、早くから補聴器を装用して聞こえを改善することが、認知症予防につながるといえます」

■補聴器の装用で見た目や言動が変化

 難聴は聴力の程度によって、軽度、中等度、高度、重度に分類される。高度以上になると会話が難しくなるため、補聴器の装用を検討する場合が多い。しかし土井医師は「将来的な認知症の発症を予防するためには、軽度、中等度の段階から補聴器を適切に装用するのが効果的」と話す。

「軽度、中等度であれば日常生活で困ることは少なく、本人も難聴を自覚しにくいかもしれません。しかし、認知症予防の観点から考えると、加齢で最初に低下しやすい高音域の難聴に対しても、補聴器で聞こえを改善することが大事なのです」

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本人に自覚がなくても家族が気づく