本多勝一著『日本語の作文技術』(朝日新聞出版)
本多勝一著『日本語の作文技術』(朝日新聞出版)

 大学入学や新卒入社など、新たな環境に踏み出す人が多い4月。そこで課題となるのが、レポートやプレゼン資料などを作成する際に求められる文章力だろう。SNS時代となった今では、「読む人にわかりやすい文章」がより求められるが、それだけを目的に書かれた本がある。朝日新聞の伝説的記者、本多勝一氏が書いた文章読本『日本語の作文技術』(朝日新聞出版)だ。本書は、1982年の発売から版を重ね、続編である『実戦・日本語の作文技術』も合わせると累計100万部を超えるロングセラーであり、今もなお売れ続けている。なぜ刊行から40年以上たった文章読本が、今も読まれ続けているのか。本多氏と同じ朝日新聞の記者で、文章術に関する著作もある近藤康太郎氏に本書の魅力について寄稿してもらった。

【アロハ姿の近藤康太郎さんの近影はこちら】

*  *  *
 一度だけ、近くでお見かけしたことがある。本社ビルの5階フロアにあった、編集局の社会部であった。なにか、一心に資料のコピーをとっておられた。声をかけようか。1秒の100分の1ほど逡巡したが、すぐに思いとどまった。

 尻込みしてしまったのだ。

 本多勝一さんとわたしが最接近した瞬間だった。わたしは、1987年に朝日新聞社に入社した。本多さんが朝日に在籍していた時期に、ぎりぎり重なった。

 当時、本多さんは新聞社に入ろうという若者にとって、神のような存在だった。新聞に発表するルポルタージュはどれも型破りで前例がなく、その多くが書籍になり、ベストセラーにもなった。いずれも硬派な題材を扱っているのに、文体は分かりやすく、おもしろかった。軽佻浮薄でなく、実直であった。本多さんに憧れて朝日新聞社を受ける男女が多かった。

 しかし、わたしは新聞社をめざす青年などではなく、どちらかというとレコード会社に入りたくて、内定ももらっていた。ふとした偶然から朝日新聞社に拾ってもらった。そんな人間にも、本多さんの高名は伝わっていた。入社前に1冊だけ読んでいたのが『日本語の作文技術』だった。当時から名著の誉れ高かった。新聞記者になるつもりのなかった元バンドマンは、就職が決まったのであわてて読む気になったのだろう。

次のページ
生きるとは、作文すること