映画ライターの若林良さんは、この会員制度が「施設維持に大きな役割を担っていた」と言う。

 「岩波ホールは安易な商業主義に乗らず、アジアやアフリカの興行収入が見込みにくい作品を上映してきました。インドのサタジット・レイ監督、セネガルのウスマン・センベーヌ監督など、1人の監督の作品を継続的に上映することでも、会員からの信頼を蓄積してきましたし、映画ファンからの支持を得ていたと思います」

 岩波ホールで上映された映画の興行収入歴代トップは、1998年初公開の『宋家の三姉妹』。満州事変や日中戦争などに続く激動の中国近現代史において、波乱の人生を歩む三姉妹を描いた作品で、再上映を含めた動員数は18万7163人だった。

  一方、岩波ホールスタッフに思い出の作品を聞くと、羽田澄子監督によるドキュメンタリー『安心して老いるために』が上がった。海外作品だけでなく、日本の名作を世に出す役割も担っていた。

 また、過去には、1日1回上映で採算が取れないような長時間の映画も上映されていた。2005年公開のイタリア映画「輝ける青春」は、6時間6分の作品。若林さんは、観に行った時のことをこう振り返る。

「6時間は長いので、途中に長めの休憩がありました。その間は事前に予約していた特製のお弁当を食べて、まる一日がかりの鑑賞でしたね。1960年代から21世紀初頭までのあるイタリアの家族が、時代の中でどう変遷していったのかを描いた、大河小説のように、人生の豊潤さを感じることができる作品でした」

 映画館に出向き、腰を据えて重厚な作品と向き合うという鑑賞スタイルは、若い層を中心に少しずつ変化している。コロナ下の巣ごもり需要でネットフリックスなどの動画配信サービスが拡大し、話題性の高い作品以外は、映画館まで足を運びにくくなってきた。また、「ファスト映画」と呼ばれる10分ほどの短時間にまとめた違法動画の流出や、再生速度を2倍速などにして視聴する人もいる。

 「映画を情報取得の目的で視聴する風潮も、ここ最近はあるかと思います。岩波ホールのように、ゆったりとした雰囲気の中で、贅沢な時間を味わいながら鑑賞し、思考の深みを得るということに価値を見出す人が減ってきているのかもしれません」(若林さん)

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残り4カ月で上映される3作品