撮影:原啓義
撮影:原啓義

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 原さんが写すのは、東京に生きる街ネズミの姿。そんな作品「まちのねにすむ」が伊奈信男賞を受賞した。

【原啓義さんの作品はこちら】

「ああ、ネズミね、って、思うじゃないですか。写真を見ても分かるように、こんな身近なところにいる。ところが、撮影を始めると、自分がぜんぜんネズミのことを知らなかったことに気づいた」と、原さんは言う。

 しかし、それは原さんだけではない。街に住むネズミについては「これまで誰もきちんと見てこなかった世界。わざわざ見る対象じゃないですから」。さらにいうと、嫌われものだ。

「ちなみに、ぼくは彼らを保護しようとか、かけらも思っていません。ただ、みなさんが思っているネズミと、自分が実際に見てきた姿はかなり違う。例えば、ネズミって、飲食店に1匹でもいたら、ヤバいって感じで語られるじゃないですか。でも、実際にはふつうにいる。これまで何回も有名なお店の前で撮影しました。東京の街中にはもう、半端じゃない数のネズミがいるんです」

 そこで「いまだから明かせますが」と、語ったのは4年前に廃止された築地市場(東京都中央区)で目にした光景。

「市場がはけて、仲卸業者の店が閉まり始めると、床の下から徐々にネズミが出てきたんです。1回に多いときで100匹以上。こんなにいるのか、と思うくらい出てきた。それが、さっきまでマグロが置かれていた床の上をふつうにはっていた」

 しかし、そんな写真をセンセーショナルに取り上げるつもりはさらさらない。

「ネズミの写った写真に店の名前が見えると、店にとっては迷惑だし、そんなふうに写した写真は下品で下品でどうしようもなくなる。だから、撮影の際は、場所が特定できる看板などは画面から外しています」

撮影:原啓義
撮影:原啓義

■最初の数年間は見つけることもできなかった

 原さんがネズミを撮ろうと思い立ったのは10年ほど前。

「偶然、街中でネズミを見かけたんです。1匹のネズミが道端に置かれたごみのところに行こうとして、その行く手をハトが邪魔していた。どうしようかな? という雰囲気のネズミをたまたま持っていたカメラで撮影した。出来上がった写真を見たとき、ネズミって、結構フォトジェニックだな、と思った」

 それをきっかけに、ネズミを撮ることを思いついた原さんだったが、いきなり、壁にぶつかった。

「人間の身近にいる動物だから簡単に見つかると思ったし、簡単に近づけると思った。ところが、とんでもない。ネズミのことを知らないと、ほんとうに何もできないんです」

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汚いネズミの写真なら誰にでも撮れる