近鉄時代のローズ
近鉄時代のローズ

 乱闘騒ぎの当事者となった両人が、後年、不思議なめぐり合わせでチームメイトになる。長い歴史を持つプロ野球では、時にはこんな運命のいたずらのような珍事も起きている。

【写真】番長・清原相手に「どうじゃ!」と迫った広島の投手はこの人

 死球をめぐって一触即発のにらみ合いを演じた翌年にチームメイトになったのが、松井秀喜とダレル・メイだ。

 騒動の舞台となったのは、1999年5月29日の伝統の一戦だった。

 5回1死二塁、一打同点の場面で打席に立った巨人の3番・松井に対し、1ボールから阪神・メイの2球目、内角速球が右肘を直撃した。

 直前に二塁走者・清水隆行がスタート。完全にモーションを盗まれたメイが、三進を阻止すべく、故意にぶつけてきたと疑われても仕方がないシチュエーションだった。

 ふだんは温厚な松井も怒りの表情でバットを投げ捨てると、マウンドに向かって歩き出した。メイも謝罪するどころか、「喧嘩上等!」とばかりに距離を詰めてくる。

 だが、後ろから小林毅二球審に呼び止められると、松井は理性を取り戻し、歩みを止めた。「(このまま向かっていったら)反対に袋叩きにあっていたかもしれない。止めてくれて良かった」とユーモア交じりに振り返った松井だが、もし殴り合いになっていれば、松井の野球人としてのイメージにも傷がつくところだった。

 そんな悪しき因縁を持つ二人が翌年、揃って同じユニホームを着ることになるのだから、世の中どこで何がどうなるか、本当にわからない。

 野村克也監督にケツをまくって阪神を退団したメイは、先発左腕を欲しがっていた巨人に移籍。翌00年4月5日の中日戦で、7回を毎回の14奪三振1失点で移籍後初白星を挙げたが、この1勝は2回に先制ソロ、7回にダメ押しの満塁弾を放った松井の援護の賜物だった。メイ自身も「点を取ってもらえるとわかっていると、リラックスして投げられる」と頼れる主砲に敬意を表している。

 9月26日のヤクルト戦でも、メイは松井の一発による虎の子の1点を完封で守り抜き、キャリアハイの12勝目。松井と本塁打王のタイトルを争っていたロベルト・ペタジーニを3打数3三振と沈黙させ、2年ぶりのキング実現に協力したのは、せめてもの恩返しか?

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久保田龍雄

久保田龍雄

久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。

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