ボゼ(鹿児島県・悪石島)撮影:石川直樹
ボゼ(鹿児島県・悪石島)撮影:石川直樹

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 2001年、石川直樹さんはエベレストに登頂し、23歳で7大陸最高峰登頂を達成。世界最年少記録を更新した。04年には冒険家・神田道夫さんとともに熱気球による太平洋横断に挑んだ。

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 そんな石川さんが、06年から日本の祭りを撮り続けてきたことを知ったとき、大きな違和感を覚えた。なぜ、冒険家の石川さんが「祭り写真」を撮っているのか?

 本人にたずねると、「ぼく自身は、冒険家ではないと思っています」と、前置きしたうえで、「それは、当然の流れですよ」と言う。

「やっぱり、未知なものに手づかみで出合っていく、みたいなことが冒険じゃないですか。かつて冒険家たちが未知の山や海を目指したわけですけれど、それをどんどん突き詰めていくと、人間社会のなかにもたくさんの未知や謎がある。そういう意味では、ぼくは祭りに未知の世界を見いだした。そこへ行って、自分の目で確かめたい、と思ったんです」

 次第に石川さんの話は熱を帯びていく。

「例えば、祭りの最中に『ボゼ』みたいなのがいきなり出てくる。それは、観光化した祭りのパフォーマンスとはまったく違う次元のもので、それが毎年毎年、ずっと続けられてきたことにものすごく関心があるんです」

■言葉が出ないくらいの衝撃

「ボゼ」というのは、鹿児島県のトカラ列島、悪石島に旧暦7月16日に現れる神、「来訪神」のこと。

 写真を見せてもらうと、それはまさに異形の神で、全身がビロウの葉に覆われ、どこか遠い南の島からやってきたことを思わせる形容しがたい仮面をかぶっている。

「仮面は派手で、日本のものとは思えない。変な目ん玉みたいなものや、大きなウサギの耳みたいなのがついている。でも、外見の奇抜さだけじゃなくて、このボゼの祭りに出合ったとき、感動したというか、もう、言葉が出ないくらい衝撃を受けた。そこに生きる人々のすごく大切なものと合体したような行事だと感じて、いろいろなことを考えさせられた。こんな祭りがまだ全国に残っているんだったら、それを全部、片っ端から見てみたい、と思ったんです」

 仮面をつけ、仮装した者が正月や盆に集落や家々を訪れる来訪神行事は、主に東北や九州、南西諸島で行われ、これまでに石川さんは、スネカ(岩手県大船渡市)、トシドン(鹿児島県・下甑<しもこしき>島)、ナマハゲ(秋田県・男鹿半島)、パーントゥ(沖縄県・宮古島)、ボゼなど20あまりの来訪神行事を撮影してきた。

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見せ物ではない祭り